前回の報告で電気料金とガス料金の急騰の実情を報告しました。年末に電力会社5社から値上げが申請されていることを説明しましたが、今年に入って東京電力と北海道電力が値上げ申請を行ったことが資源エネルギー庁から公表されています。
一方、ガス事業は2023年3月のガス料金の値下げを公表しています。東京ガスは1月27日に顧客向けニュースとして、2月分と比較して標準家庭(月30m3使用)で160円の値下げとなるとされています。読売新聞のWebニュースによると、大阪ガスは19円、西部ガスは203円の値下げとされています。
このように小売電気事業と小売ガス事業の料金の動きが異なるのはなぜでしょうか。前回の報告を詳しく読んでいただいた方はこの事情をご理解いただけると思いますが、ここで再度詳しく説明しておこうと思います。電気、ガスの料金上昇の実情と料金算定方法の詳細は前回の報告の以下を確認ください。
【緊急分析】急騰した電気・ガス料金の実情と両者を比較できるコスト分析
電気料金の値上げについて
電気料金、ガス料金の急騰の原因は料金に大きな影響を与える燃料費調整制度によるものでした。この制度は基本料金、従量料金に加えて燃料価格の変動に合わせた燃料費調整額(プラス、マイナスがあります)を徴収するというものです。電力自由化後に設立された新電力(事業)はこの燃料価格の急上昇を受けて燃料費調整額を賦課した実質的な料金値上げをしていました。
一方、旧電力系の小売電気事業は燃料費調整額に上限が設定されており、その上限に達した後は料金の値上げができていませんでした。この燃料費の上昇分を料金値上に反映できなかった旧電力系の小売電気事業5社が昨年末に料金体系の改定(値上げ)を申請し、認可されるのを待っているという状況です。そして、他の事業も今後申請の動きがあるというのが前回の報告の内容でした。
2023年に入って1月23日に東京電力エネジーパートナー(以後東京電力EPと略称)が、1月26日には北海道電力が値上げの申請をしています1)2)。これで、旧電力系小売企業9社のうち7社が値上げ申請を行ったことになります。
ここでは、資源エネルギー庁に提出された値上げ申請資料を基に、値上げの状況を整理していきます。まず、これまで値上げを申請していた5社も加えて、平均的な電気使用量(月使用量260kWhまたは230kWh)における電気料金の変化を表-1に示します。
表-1より、東京電力EPは28.6%、北海道電力は32.0%の値上げとなっています。月使用量260kWhでは東京電力EPが11,737円と、沖縄電力に次いで2番目に高額になっています。ただし、北海道電力は230kWhで11,700円であるため、同じ260kWhであれば最も高額になっていると思います。
※北海道電力の電気料金を「エネとくポイントプランB」から「従量電灯B」に変更しました。それに伴い上記文章も一部変更しています(2023年2月1日)。
表-1 電気料金の値上げ申請の概要(2023年1月26日時点)
事業名 | 契約種類 | 契約電流 | 月使用量 kWh | 現行料金 円 | 改定料金 円 | 値上額 円 | 値上率 % |
---|---|---|---|---|---|---|---|
東北電力 | 従量電灯B | 30A | 260 | 8,565 | 11,282 | 2,717 | 31.72 |
北陸電力 | 従量電灯B | 30A | 230 | 6,402 | 9,098 | 2,696 | 42.11 |
中国電力 | 従量電灯A | 30A | 260 | 8,029 | 10,428 | 2,399 | 29.88 |
四国電力 | 従量電灯A | 30A | 260 | 7,915 | 10,120 | 2,205 | 27.86 |
沖縄電力 | 従量電灯 | 30A | 260 | 8,847 | 12,320 | 3,473 | 39.26 |
東京電力EP | 従量電灯B | 30A | 260 | 9,126 | 11,737 | 2,611 | 28.61 |
北海道電力 | 従量電灯B | 30A | 230 | 8,862 | 11,700 | 2,838 | 32.02 |
東北電力:規制料⾦値上げ申請の概要について、2022年11月24日
北陸電力:規制料金の認可申請の概要、2022年11月30日
中国電力:電気料金の見直しについて(低圧供給のお客さま)、2022年11月25日
四国電力:特定小売料金(規制料金)の値上げ申請 について、2022年11月
沖縄電力:電気料金の値上げ申請について、2022年11月
東京電力EP:規制料金値上げ申請等の概要について、2023年1月23日
北海道電力:電気料金の見直しについて(低圧のお客さま)、2023年1月26日
ここで、東京電力EPの新旧料金体系を比較したものを表-2に示します3)。同表によると、基本料金は変更がなく従量料金が大きく増加しています。使用量ランクが「0~120kWh」は19.88円/kWhから34.84円/kWhまで75%の増加、「120~300 kWh」は26.48円/kWhから41.44円/kWhまで56%の増加などとなっています。
表-2 東京電力EPの新旧料金体系
分 類 | 単位 | 現行料金 | 新料金 | 変化率 | |
---|---|---|---|---|---|
基本料金 | 10A | 1契約 | 286円00銭 | 286円00銭 | - |
15A | 〃 | 429円00銭 | 429円00銭 | - | |
20A | 〃 | 572円00銭 | 572円00銭 | - | |
30A | 〃 | 858円00銭 | 858円00銭 | - | |
40A | 〃 | 1,144円00銭 | 1,144円00銭 | - | |
50A | 〃 | 1,430円00銭 | 1,430円00銭 | - | |
60A | 〃 | 1,716円00銭 | 1,716円00銭 | - | |
従量料金 | 最初の120kWhまで | 1kWh | 19円88銭 | 34円84銭 | 1.75 |
120kWhをこえ300kWhまで | 〃 | 26円48銭 | 41円44銭 | 1.56 | |
300kWh超過 | 〃 | 30円57銭 | 45円53銭 | 1.49 |
出所)東京電力EP:特定小売供給約款変更認可申請書、2023年1月23日
この申請額がそのまま認可されるかどうかは分かりませんが、このような大幅な料金値上げは前例がないのではと思います。この料金には政府の「電気・ガス価格激変緩和対策事業」の補助は考慮されていません。東京電力EPの料金値上は6月以降と言われています。政府の補助は10月に終了するため、6月から10月までは7円/kWhの割引がありますが、それ以降はなくなり影響が大きくなります。
ガス料金の値下げについて
読売新聞のWebニュースでは、大手ガス会社3社(東京ガス、大阪ガス、西部ガス)が値下げを公表したとあります4)。値下げの理由はどのガス会社も同じですので、ここでは東京ガスの値下げの理由を整理したいと思います。
まず、公表された2023年3月の料金体系を表-3に示します5)。基本料金の変更はありません。政府の「電気・ガス価格激変緩和対策事業」の補助後の調整単位料金である表-3の2行目と4行目(2月の調整単位料金)を比較します。調整単位料金とは燃料費調整が行われた単価であるということを意味します。3月は2月に比べてどの使用量ランクでも5.34円/m3の値下げとなっています。
表-3 東京ガスの3月料金体系
No. | 項目 / 月使用量 | 0~20m3 | 21~80m3 | 81~200m3 | 201~500m3 | 501~800m3 | 801m3~ |
---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | 基本料金(円/月) | 759 | 1,056 | 1,232 | 1,892 | 6,292 | 12,452 |
2 | 調整単位料金(円/m3) | 188.46 | 173.61 | 171.41 | 168.11 | 159.31 | 151.61 |
3 | (参考)補助金適用前調整単位料金(円/m3) | 218.46 | 203.61 | 201.41 | 198.11 | 189.31 | 181.61 |
4 | (参考)2月調整単位料金(円/m3) | 193.80 | 178.95 | 176.75 | 173.45 | 164.65 | 156.95 |
5 | 2月と3月の差(円/m3) | -5.34 | -5.34 | -5.34 | -5.34 | -5.34 | -5.34 |
では、この料金差の理由について以下に示します。表-4に燃料費調整の算定に用いる原料価格(LNG、LPG)を示しています。2月の料金を算定するのに用いたのは2022年9月~2022年11月の3ヶ月平均であり、3月のために用いたのは2022年10月~2022年12月の平均値です。3月分の料金に関する原料価格は、2月に比べてLNGは約1万円、LPGは約3,500円安くなっています。
表-4 原料費調整額を決める原料費の実績
項 目 | 2022年9月~11月の平均 | 2022年10月~12月の平均 | 対前期比較 |
---|---|---|---|
LNG価格 (円/t) | 152,010 | 141,670 | -10,340 |
LPG価格 (円/t) | 96,760 | 93,300 | -3,460 |
平均原料価格 (円/t) | 149,370 | 139,380 | -9,990 |
原料価格調整上限値(a) 注1) (円/t) | 145,400 | 139,380 | -6,020 |
基準平均原料価格(b) (円/t) | 57,250 | 57,250 | - |
差額(a-b)注2) (円/t) | 88,100 | 82,100 | -6,000 |
原料費調整単価(c) 注3) (円/m3) | 78.49 | 73.15 | -5.34 |
基準料金単価(d) 注4) (円/m3) | 130.46 | 130.46 | - |
調整費単位料金(c+d) (円/m3) | 208.95 | 203.61 | -5.34 |
政府の補助金(e) (円/m3) | 30.00 | 30.00 | - |
補助後の調整単位料金(c+d-e) (円/m3) | 178.95 | 173.61 | -5.34 |
注2)100円未満切捨て
注3)原料費調整単価=(a-b)×0.00891/100 、調整額がプラスの時は少数点第3位以下を切り捨て、マイナスの時は少数点第3位以下を切り上げます。
注4)使用量ランク「21~80m3」の基準料金単価を示します。
原料費調整額を算定するための平均原料価格はLNGとLPGの重み付き平均をとって算定しています。その結果、2月分は149,370円、3月分は139,380円となっています。ただし、東京ガスは上限撤廃の移行措置として自主的に原料費調整額の上限値を設定しており、表-5に示す通り2月の価格は145,400円でした。
表-5 原料調整額の上限値(東京ガス)
検針月2022年 | 10月 | 11月 | 12月 | 1月 | 2月 | 3月 |
---|---|---|---|---|---|---|
調整上限(円/t) | 102,360 | 113,120 | 123,880 | 134,640 | 145,400 | 156,200 |
ここで、東京地区の基準平均原料価格は57,250円/t、基準単価は0.0891円/m3と決められており、これらから原料費調整単価は以下と計算されます。
<3月の原料費調整単価>
原料費調整単価= (139,380 –57,250) × 0.0891 ÷ 100=73.15円/m3
<2月の原料費調整単価>
原料費調整単価= (145,400 –57,250) × 0.0891 ÷ 100=78.49円/m3
<2月と3月の単価の差>
73.15-78.49=–5.34円/m3
なお、これらから使用量ランク別の調整後単位料金(従量料金単価)を算定する場合は以下となります。
例えば、東京地区の使用量ランク「21~80m3」の基準料金単価(料金改定時の料金単価)は130.46円/m3であるため、3月の調整後単位料金は以下となります。
使用量ランク「21~80m3」の調整後単位料金(政府補助前)=130.46+73.15=203.61円/m3
使用量ランク「21~80m3」の調整後単位料金(政府補助後)=203.61-30.0=173.61円/m3
電気料金とガス料金の値上要因の相違
上記のように、電気料金の値上げは旧電力系の小売電気事業に課せられていた燃料費調整額の上限値を解消するための値上げということでした。2016年の電力自由化以降に設立された小売電気事業は燃料価格の上昇を料金に反映していましたので、原則として値上げ申請を行うことはありません。
また、ガス小売事業は東京ガスのように上限を直ぐに撤廃したため、既に料金に燃料価格上昇を反映していたと言えます。ただし、東京ガスは急激な上昇を防ぐために自主的に上限価格を設定していました。そのため、表-4に示したように原料価格の低減額が約1万円であるのに、料金計算上の低減額は6,000円となり、今回の単価の低減額(5.34円/m3)となりました。
小売ガス事業と小売電気事業の違いは燃料(ガス事業は原料)の違いにあります。図-1に示す燃料のうち、電気はLNG、原油、石炭(一般炭)を原料としており、ガスはLNGとLPG(主としてLNG)です。
図-1に示すように2022年末にLNGの価格が低下してきていることが、今回の小売ガス事業の料金値下げにつながっています。電気事業の燃料である原油、一般炭はLNGに比べて価格の低下が大きくないことが、今回の値下げのアナウンスにつながらなかったと言えるでしょう。
日本のエネルギー燃料はほとんどを輸入に依存していますので、為替レートに大きく影響を受けます。図-2にドル-円の為替レートの変動を示しています。2022年3月から始まった急激な円安が燃料価格に大きく影響したと言えるでしょう。円安を放置した当局の無策を嘆くより、輸入に依存しないエネルギー確保に尽力する方が良いのではと思います。
<スポンサーサイト>
<参考文献>
1)東京電力EP:規制料金値上げ申請等の概要について、2023年1月23日
2)北海道電力:電気料金の見直しについて(低圧のお客さま)、2023年1月26日
3)東京電力EP:特定小売供給約款変更認可申請書、2023年1月23日
4)読売新聞オンライン:東京ガスなど3社、3月請求分の料金値下げへ…LNG輸入価格の下落受け、2023年1月27日
5)東京ガス:プレスリリース、原料費調整制度に基づく2023年3月検針分のガス料金について、2023年1月27日
6)財務省:貿易統計、輸入、月別確定値(2021年1月~2022年11月)、速報値(2022年12月)
7)日本銀行:時系列統計データ、東京インターバンク相場(月次)、東京市場・月末17時時点