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ノーベル賞を受賞した真鍋淑郎氏の気候モデル

2021年ノーベル物理学賞

 本年(2021年)10月5日にスウェーデン王立科学アカデミーは真鍋淑郎氏(プリンストン大学、アメリカ国籍)ほか2名にノーベル物理学賞を授与すると発表しました。受賞は真鍋氏のほかに、クラウス・ハッセルマン氏(ドイツ)とジョルジオ・パリシ氏(イタリア)で、ハッセルマン氏は真鍋氏と同じ授賞理由で「地球の気候の物理的モデリング、変動の定量化、地球温暖化の確実な予測のために」でした1)

 ノーベル財団は「真鍋淑郎氏は大気中の二酸化炭素濃度の上昇が地球の表面温度の上昇にどのようにつながるかを示しました。彼の研究は、現在の気候モデルの開発の基礎を築きました」と授賞理由を記述しています。真鍋氏の気候モデルがIPCCによって取りまとめられた地球温暖化予測の根拠となる気候モデルのベースとなったことは広く知られています。

 真鍋氏は東大理学部で気象学を専攻した後、1958年博士課程を修了して直ぐに米国に招かれて気象庁の研究員となりました。1968年から海洋大気庁地球流体力学研究室上席研究員兼プリンストン大学客員教授として活躍されました2)。その後、日本に帰国して1997年より地球フロンティア研究システム地球温暖化予測研究領域長となりましたが2001年に辞任、再び米国に戻り、プリンストン大学で気候モデルの研究を続けたとされています。

 彼は「世界で一番スーパーコンピュータを使用した男」としても知られています。渡米時の米国は、冷戦中で戦略的な科学技術の応用が進められていました。当時コンピュータはまだ開発が始まったばかりでしたが、コンピュータの父であるフォン・ノイマンが有効な応用対象として気候予測をあげたこともあり、コンピュータの利用が進みました。1960から1970年代はコンピュータの開発は米国がトップであり、世界最速のコンピュータがIBMやクレイ社から次々と開発され、そのスピードの向上とともに気候モデルの改良が進んでいったのです。日本が世界最速のコンピュータを開発、提供し始めたのは1980年代に入ってからでした。

 持続可能社会を論ずる際に、まず地球温暖化がどのような根拠で予測されているのかを明らかにすることは大変意義深いことです。今日まで予測に対する懐疑論が尽きることはなく、学会のみならず政財界でも大きな議論を巻き起こしてきました。世界中の政策への変更を促す地球温暖化予測の確からしさについては、真鍋氏の論文発表以降50年余りをかけて検証されてきています。今回は真鍋氏の受賞の対象となった「気候モデル」がどのように改良を続けていったかについて整理してみたいと思います。

気候モデルの概要

 ここでは、まず気候モデルの概要を説明します。気候モデルは初め気象予測のために開発されました。気象予測も気候予測も使われるモデルの構成は同じですが、気象予測はある地点の数日~数週間程度先の予測に用いるのに対して、気候予測は100年、長期の場合数百年先の地球全体の気候(平均気温や降水量など)を予測するという違いがあります。

 下図に示すように気象現象(大気の温度、圧力、風、雲、雨・雪の状況)に影響を与える要因は非常に多くの要因があります3)。まず、太陽の放射、地球からの赤外放射、大気に含まれるガス、エアロゾル等による反射と吸収などです。大気中に含まれるガスとは、いわゆる温室効果ガスである水蒸気、二酸化炭素、メタン、一酸化二窒素、オゾンなどがあります。大気中では対流が生じ、温度の影響を受けて水蒸気が雲となり、雲は太陽光を反射、地球の赤外放射を弱めます。

出所)松野 太郎:気候モデリング・気候変動予測と地球シミュレーター、第51回理論応用力学講演会 講演論文集、2001より作図

 温室効果ガスについては、太陽の放射と地球の赤外放射だけでは地球の気温は-17℃程度になることからその存在が知られていました。温室効果ガスは地球の赤外放射を吸収することで大気を温めます。地球の平均気温は15℃ですので、温室効果ガスがその差の32℃上昇させる効果を持っていることになります。気候モデルでは温室効果ガスの熱吸収率を様々な観測データを基に把握してモデルに組み込んでいます。

 また、大気の状態に影響を与えるものとして、海洋と陸地があり、海洋は熱を吸収、蒸発により水分を供給し、陸地は水分の蒸発散、太陽光の反射等(雪氷での強い反射など)の影響があります。すなわち、陸地と海洋は大気との熱交換と水分(水循環)の交換をしており、これを考慮することが必要になります。また、地球温暖化に人類が最も影響を与えている二酸化炭素の排出・吸収については、植物の光合成、陸地からの吸収・放出、海洋での吸収・蓄積など、複雑に影響しあっています。現在の気候モデルは、大気、海洋、陸地の現象をモデル化したものが使われています。

 気候モデルでは、地球をメッシュに分割(大気海洋共に水平、鉛直方向に分割)してメッシュごとの物理指標(温度、圧力等)を使って、自然現象を物理式(微分方程式)で記述し、それをコンピュータにより数値積分を行うことで、将来の物理指標を予測していきます。メッシュ分割を細かくすることで一般的に物理現象を精度よく表しやすくなりますが、計算に莫大な時間がかかることになり、これまでの研究はコンピュータの能力の向上とともに、次第に精度を向上させてきたと言えます。

真鍋氏が研究・開発した気候モデル

 真鍋氏の研究論文はGoogleスカラーで検索すると多数ヒットしますので、ここで得られる論文から整理していくことにします。ヒットした最も古い論文は1958年に日本気象学会誌の論文「冬の日本海と大気との間のエネルギー交換について」4)です。これは太陽放射による大気における熱収支が対象で、関連する論文が米国の学会の目に留まったと考えられます。

 次に検索されたのは、渡米後の1961年に掲載された論文「大気の放射平衡と熱収支について」5)です。この論文では、イントロでこれまでの他の研究成果を詳細に整理し、それを踏まえた鉛直1次元モデルの計算を行っています。まず、温室効果ガスについては水蒸気、二酸化炭素、オゾンを組み込んでいます。そして太陽光による放射と地球からの赤外放射への温室効果ガスの影響について、緯度の地点ごと(5度から10度刻みで85度まで)、大気を鉛直方向に9層に分割して、季節ごと(1月、4月、7月、10月)に計算しています。

 1964年には同じ鉛直1次元モデルではあるが熱収支に加えて対流の影響を加味して、鉛直方向への熱移動を考慮(対流調整)した論文6)を発表しています。その結果、地表面の温度が良く再現されたことが報告されています。さらに1965年には水蒸気の移流、表面からの蒸発、降水などの単純化された水循環を組み込んだモデル7)が発表されています。ノーベル財団が示した図はこのような水循環を取り込んだモデルを指しているものと思われます。図中にあるように、「眞鍋氏は、水循環による熱を考慮しながら、放射バランスと対流による気団の垂直輸送との相互作用を調査した最初の研究者でした」としています。

出所)ノーベル財団2021年ノーベル物理学賞、プレスリリース、添付資料を一部和訳

 そして、1967年には二酸化炭素が2倍になった場合に、地球平均温度の変化を推計しています8)。この論文では湿度のパラメータを絶対湿度から相対湿度に変更してモデル化しています。太陽定数、曇り、表面アルベド(雪氷等の反射)などのさまざまな要因の変化に対する表面平衡温度の感度を分析しており、大気中の二酸化炭素濃度が2倍になると、地球の表面温度が約2.3℃上昇すると推計しています。

 次に1969年の論文には大気と海洋を統合したモデルが発表されています9)10)11)。統合モデルの海洋部分と大気部分の間で交換される量は、運動量、熱、および水です。統合により、表面風応力、正味放射、顕熱フラックス、降雨と降雪の速度、蒸発と昇華の速度、流出と氷山の形成の速度が得られます。この統合によって計算時間は極めて増加し、そして現象を忠実に表すことは難しかったため、この後様々な改良が加えられていきます。

 次の重要な進展は、1975年の論文12)で発表した3次元モデルによる数値計算です。このモデルでは、地球を東西・南北・鉛直の3次元の升目に分け、それぞれの升の気温・気圧・水蒸気量・風速などが、エネルギー保存、質量保存、運動方程式などの物理法則に従って時間とともに変化する様子を数値積分によって解析しています。

 1980年代に入ってからは、新たに観測されたデータを追加してモデルを精緻化しながら二酸化炭素の増加に伴う様々な地球環境への影響を分析していきます13)14)。1982年の論文15)では、大気海洋結合大循環モデルに、ある時点で二酸化炭素濃度を突然4倍にしてそのまま維持するという非現実的な強制を与えて、その応答を定常応答と比較しています。結果を大局的に見ると、大気は海洋の深さ数百メートルまでの層とともに、時間の指数関数型で、新しい二酸化炭素濃度に対応する定常解に近づいていくことを明らかにしています。

 また、1989年には雑誌Natureに論文16)を発表しています。この時は大気海洋結合大循環モデルの平衡解が得られ、モデルの応答は著しく予期しない半球間非対称性(北半球に対して南半球の地表気温の上昇は非常に遅い)を示すとされています。IPCCの第1次評価報告書が1990年に発表されていますが、真鍋氏はこの時の執筆者の1人でしたので、このモデルが地球温暖化の予測の中心的な役割を果たしたと思われます。

 1997年の論文2)17)で発表されたモデルにより予測された地球の気候の変化は以下の通りです。「数値実験では、過去の温室効果ガス濃度の変化は観測に基づいて決め、将来は毎年1%ずつ増加すると仮定した。一方、石炭を燃やすことによって発生する亜硫酸ガスが対流圏下部で硫酸塩のエアロゾルに変わり、太陽の光を反射するという冷却効果も入れて計算した。20世紀の全球平均気温の上昇は、観測で得たものとほぼ一致している。21世紀の半ばごろまでには、全球平均表面気温が2.5℃くらい上昇する。全球で2.5℃上昇すると、海上は2~3℃ しか上がらないが、陸上では3~5℃ほど上がる。つまり、海よりも陸のほうが表面気温の上昇が大きい。日本の近くでは3℃くらいになる。陸上の温暖化が大きく出てくるのは、陸面からの蒸発による冷却効果が海に比べて小さいためである。海面の昇温が特に大きいのは北極海である。北極海の海氷の厚さが、現在の6割ぐらいまで減少する。そのため、海氷による太陽光の反射が減り表面気温の上昇が大きくなる。とくに冬非常に大きな昇温がおきる。これは、海氷が薄くなるために、氷の下の海水から非常に冷たい大気に向かう熱伝導が増えるからである。」

世界の気候モデルの進展

 その後、世界中でこれを参考にしたモデルが開発され、新たな気象観測値等を用いて改良されてきています。世界気候研究プログラム(World Climate Research Programme)が承認している気候予測のための統合モデルは23種類あります18)。日本でも1997年に地球フロンティア研究システムが宇宙開発事業団と海洋科学技術センターの共同研究プロジェクトとして開始され、2002年に当時世界最速のスーパーコンピュータ「地球シミュレータ」が設置され、モデル開発と研究が進められてきています。「地球シミュレータ」の気候モデルは、メッシュ1辺100km、大気の鉛直分割は56層、時間間隔10分で計算して、1か月間かけて100年分の予測ができたとのことです19)。これは2008年時点ですので、最近はさらに性能が良くなっているはずです。一般的な気候モデルの予測手法やその精度等については文献19に詳しく説明されており、「地球シミュレータ」のモデル開発の苦労話は文献20を参照ください。

 ところで、IPCCは世界中の気候モデルの計算結果を基に、気温上昇の予測範囲を分析、公表してきました。報告書では気温上昇の予測範囲と気温上昇の原因が人間活動であることについて慎重に表現してきました。第6次報告では、二酸化炭素濃度が2倍になった時の気温の上昇範囲(平衡気候感度)は2.5~4.0℃(確信度が高い範囲)とされました21)。また、第3次から第6次報告までの人間活動による影響について以下のように変わってきています。

① 第3次報告書:温暖化の原因が人間活動である可能性が高い→66%以上の確率
② 第4次報告書:温暖化の原因が人間活動である可能性が非常に高い→90%以上の確率
③ 第5次報告書:温暖化の原因が人間活動である可能性が極めて高い→95%以上の確率
④ 第6次報告書: 温暖化の原因が人間活動であることには疑う余地がない

 第6次報告書では「人間の影響が大気、海洋及び陸域を温暖化させてきたことには疑う余地がない」と表現されています。これらのことから、今後は如何に脱炭素社会に向けて対策を進めていくのかが問われており、本サイトでも節電から省エネルギー全般に向けての検討と再生可能エネルギーの調達についても検討を進めていきたいと思っております。

<参考文献>
1)ノーベル財団、2021年ノーベル物理学賞、プレスリリース
https://www.nobelprize.org/prizes/physics/2021/press-release/
2)真鍋淑郎:大気・海洋・陸面結合モデルによる温暖化予測、日本リモートセンシング学会誌、 Vol.21, No.4, 2001
3)松野太郎:気候モデリング・気候変動予測と地球シミュレーター、第51回理論応用力学講演会 講演論文集、2001
4)真鍋淑郎:冬の日本海と大気との間のエネルギー交換について、気象集誌、第2輯、第36巻 4号、1958
5)S. Manabe: On the Radiative Equilibrium and Heat Balance of the Atmosphere, Monthly Weather Review, Vol. 89, No. 12, 1961
6)S. Manabe, Robert F. Strickler: Thermal Equilibrium of the Atmosphere with a Convective Adjustment, Journal of the Atmospheric Sciences, Vol. 21, July 1964
7)S. Manabe, J. Smagorinsky, R. F. Strickler: Simulated Climatology of a General Circulation Model with a Hydrologic Cycle, Monthly Weather Review, Vol. 93, No. 12, 1965
8)S. Manabe and Richard T. Wetherald: Thermal Equilibrium of the Atmosphere with Distribution of Relative Humidity, The Warming Papers: The Scientific Foundation for the Climate Change Forecast, 1967
9)S. Manabe, K. Bryan: Climate Calculations with a Combined Ocean-Atmosphere Model, Journal of the Atmospheric Sciences, Vol. 26, July 1969
10)S. Manabe: Climate and Ocean Circulation. Part I: The Atmospheric Circulation and the Hydrology of Earth’s Surface. Monthly Weather Review, Vol. 97, No.11,1969
11)S. Manabe: Climate and Ocean Circulation. Part II: The Atmospheric Circulation and the Effect of Heat Transfer by Ocean Currents. Monthly Weather Review, Vol. 97, No.11,1969
12)S. Manabe, Richard T. Wetherald: The Effects of Doubling the CO2 Concentration on the climate of a General Circulation Model, Journal of the Atmospheric Sciences, Vol. 32, No.1, 1975
13)S. Manabe, Ronald J. Stouffer: Sensitivity of a Global Climate Model to an Increase of CO2 Concentration in the Atmosphere, Journal of Geophysical Research, Vol.85, No. C10, 1980
14)S. Manabe, Richard T, Wetherald: On the Distribution of Climate Change Resulting from an Increase in CO2 Content of the Atmosphere, Journal of the Atmospheric Sciences, Vol. 37, No.1, 1980
15)Transient Climate Response to Increasing Atmospheric Carbon Dioxide, SCIENCE, Vol 215, No. 4528, 1982
16)R. J. Stouffer, S. Manabe & K. Bryan: Interhemispheric Asymmetry in Climate Response to a Gradual Increase of Atmospheric CO2, Nature, Vol.342, 1989
17)Haywood, J., R. J. Stouffer, R. T. Wetherald, S. Manabe, V. Ramaswamy: Transient Response of a Coupled Model to Estimated Changes in Greenhouse Gas and Sulfate Concentrations, Geophysical Research Letters, Vol. 24, No.11, 1997
18)World Climate Research Programme, CMIP Phase 6 (CMIP6), https://www.wcrp-climate.org/wgcm-cmip/wgcm-cmip6
19)江守正多:地球温暖化の予測は「正しい」か?、DOJIN選書、2008
20)木本昌秀:気候モデルの開発を通した我が国の地球温暖化研究の推進と気候変動にかかわる社会への情報発信―2015年度藤原賞受賞記念講演―、日本気象学会、2016
21)IPCC第6次評価報告書、第1作業部会(自然科学的根拠)、政策決定者向け要約、2021年、環境省報道発表資料、https://www.env.go.jp/press/109850/116628.pdf