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乗用車(2)-脱炭素化の世界動向

 前回から家庭での乗用車の省エネ、ひいては二酸化炭素削減の対策について取り上げてきました。家庭での乗用車の脱炭素化は、企業や国民だけの努力では達成することは不可能であり、政府の強い指導力と財政的な支援策が必要です。今後は、乗用車の二酸化炭素削減に向けての政策についても考察します。

 2021年1月の首相発言において、「2035年までに、新⾞販売で電動⾞100%を実現する」ことが表明されました。ここでの電動車とはEV(一般的な電気自動車)全般を指し、BEV(モーターのみの電気自動車)、HEV(ハイブリッド自動車:エンジンとモーターの両方を有する)、PHEV(HEVと同様ですが外部から充電が可能です)を含みます。このことは、2035年以降ガソリン車とディーゼル車を販売しないことを意味します。

 それに先立って、政府は2020年10月に首相所信表明演説で2050年におけるカーボンニュートラルを宣言しています。2050年には乗用車を含めたモビリティ部門全体でカーボンニュートラルを実現しなければなりません。日本だけでなく先進国の多くが2050年までにカーボンニュートラルを実現することを表明しています。そのような道筋を世界の政策決定者はどのように描いているのでしょうか。

 このテーマを取りまとめるにあたって、まず乗用車の脱炭素化に係る要因を整理しなければなりません。そして、その排出要因を抑制する対策を整理し、世界のモビリティに係る主体がどのように動いてきたか、今後どのように動いていくのかを整理していきたいと思います。

 今回は、世界のEVの製造、販売の状況や政府による施策にも焦点をあてます。これは、前回の報告にも示したように日本においてはEVのうちBEVの普及は進んでいないのに対し、世界はBEVを普及の中心に据えて施策を進めているように思われ、国内の動きをみるだけではその施策の方向性を見誤る可能性があるからです。

 そのため今回は、乗用車の二酸化炭素排出に関する要因を整理し、その要因のうちエネルギー転換(電動化)の現状とその促進のために各国政府がどのような施策展開を行っているかについて整理していきます。

乗用車の二酸化炭素排出に関する要因

 乗用車を含めたモビリティ全般の二酸化炭素排出に影響する要因を整理したものが下図です1)。その要因を大別すると、「エネルギー中の炭素量」、「効率」、「活動量」にまとめられます。これらの項目のうち「炭素量」や「活動量」を低減し、「効率」を向上させることで脱炭素化が達成されると考えられます。

(1)エネルギー
 中の炭素量
(2)効率
 ●エネルギー
  消費効率
 ●移動効率
(3)活動量

 「エネルギー中の炭素量」とは、直接的には「エネルギーに含まれる炭素の量」であり、さらに発展してそれの製造過程も含めてエネルギーを消費することによる炭素排出量を指します。これまで使われてきた燃料(ガソリン、ディーゼル)は多くの炭素を含んでいます。これを電気や水素、合成燃料に変えること(エネルギー転換)が炭素量を減らすことにつながります。また、電気についても発電に利用する化石燃料の割合を低下させ、再生可能エネルギーを中心とした脱炭素型の電力への切り替えが望まれます。

 次に「効率」は、エネルギー消費効率移動効率があります。エネルギー消費効率は前回の報告で取り上げた自動車の燃費を指します。一方、移動効率とは同じ距離を移動する場合に、運転者の運転方法等によってエネルギー消費量が異なるため、その際の効率を指します。例えば、エネルギー消費が少ない速度での走行やアイドリングストップなどの行為が移動効率に影響します。また、現在開発中の自動運転システムもそれを目指したものと言えるでしょう。

 さらに、活動量とは自動車の運転頻度や走行距離を指します。脱炭素化を図るには、この活動量を少なくすることが必要になります。既に報告したIPCCの需要サイドの緩和策においては、モビリティを徒歩や自転車等へのシフトも含めて幅広くとらえるとともに、テレワークの利用や公共交通を利用した「回避」行動を促して、モビリティのエネルギー消費量を減らし温室効果ガス削減を図ることを提案していました(「IPCC第6次評価報告書(第3部会)第5章―需要サイドの緩和」を参照ください)。

 以下ではこれらの要因のうち、エネルギー転換に世界がどのように取り組んでいるのかについてみていきます。まず最初に、世界の乗用車での電動化がどのように進展してきたかについて整理します。

世界のモビリティ脱炭素化への動き

(1)日本のEVの普及状況

 ここでは、まず日本における電気自動車(EV)の普及状況について整理します。下図は電気自動車の販売台数の推移を示しています3)。電気自動車の種類別販売台数を棒グラフ(左軸)で、乗用車全体の販売台数に対するEVの販売台数の比率を折れ線グラフ(右軸)で示します。EVの種類別にハイブリッド自動車(HEV)、プラグインハイブリッド自動車(PHEV)、電気自動車(BEV)を示しています。

出所)一般社団法人日本自動車工業会:日本の自動車工業2022年版、2022年8月

 EV全体の販売台数は2012年の90万台から2019年に150万台まで増加し、2020年にはコロナ感染症の影響で138万台まで低下しましたが、復調の兆しが見られます。EVの種類別ではほとんどがHEVであり、BEVとPHEVは合わせて3%程度(約4.4万台)しかありません。

 一方、乗用車の販売台数全体に占めるEVの割合を見ると、2012年の22%から2021年には44%と2倍になりました。乗用車の電動化が進んでいると言っても良いと思われます。しかし、普及の中心がガソリンを燃料の中心とするHEVであるため、真に脱炭素化が進んでいると言えるのかどうかが疑問です。

 下のコラムにHEVとPHEVの相違を示します4)。このコラムの通り、HEVはエンジン主体の自動車であり、バッテリーは補助的な役割のため、バッテリー容量は0.5~2kWh程度です4)。一方、PHEVはバッテリーのみでも走行できる能力を持ち、それなりの航続距離を求められます。IEAの報告では2021年のBEVの平均バッテリー容量は55kWhPHEVのそれは14kWhです7)

<HEVとPHEVの相違> 参考文献4を引用
 HEVの作動方式はエンジンで発電した電力によってモータで車輪を駆動するシリーズ方式、エンジンとモータで車輪を駆動し、モータによって蓄電池に充電するパラレル方式、これらの両方の機構をもつシリーズ・パラレル方式の3つがある。トヨタ自動車Priusはシリーズ・パラレル方式を採用している。

 HEV用の蓄電池では、加速時に費やされる瞬時的な出力と回生電力の受容性、すなわちパワー性能が最も重視され、電気の貯蔵量(エネルギー密度)は二義的と考えられている。そのため、HEVの電池パックの容量は0.5 ~ 2kWh 程度と小さく、車両コストに電池パックの占める割合は小さい。

 一方、PHEVは、基本的にHEVと同じシステムの構成であるが、蓄電池の搭載量を増やし、外部からの充電を可能にしており、比較的短距離においてはEV 走行を行い、長距離ではHEV 走行を行う自動車である。

 HEVとPHEVで大きく異なる点は、蓄電池の使用条件である。HEV 用蓄電池では、SOC(充電状態)が50%程度を中心にプラスマイナス20%程度の狭い範囲で浅い充放電を激しく繰り返す。一方、PHEV 用蓄電池ではEV 走行を行うため、蓄電池はSOC が20~ 90%程度の範囲で使用されることになるが、それに加えて、SOCが20%であっても、また90%であってもHEVと同じ使用条件となる。

 すなわち、蓄電池の残量が少ないときにも大きな出力が要求され、また満充電に近い状態にあるときでも大電流で高速充電される。この使用条件は蓄電池にとって極めて過酷であり、劣化を招いて寿命を短くするとともに、安全性の確保が著しく難しいとされている。

 また、PHEVの電池パックにおいては数十以上のセルを直列接続して使用しているが、充放電サイクルを重ねたとき、各セルの容量、SOC、内部抵抗、温度等、種々のばらつきが生じる。極端なケースでは、ある特定のセルで集中的に劣化が進展した結果、電池パックとして十分な寿命を確保できずに交換を要する場合も想定される。そのため、電池パック性能保証期間は、例えば、GM Voltでは8年間Prius PHVでは5年間となっており、ガソリン車の寿命の目安といわれている10 ~15年とは大きな開きがある

 コラム中に示すようにBEVまたはPHEV用のバッテリー(蓄電池)の過酷な条件での安定性や寿命の課題に対して、日本メーカーはBEVではなくHEVを普及の中心とすることを選択したことが想像されます。これはガソリン車との競争性を重視したことやBEVの普及に必要な充電ステーションなどの公共インフラの整備に時間がかかることも考慮されたと思われます。

(2)世界のEVの普及状況

 世界のEVの普及状況をIEA(国際エネルギー機関)の公表資料から整理します5)。下図にEU(欧州連合)、米国、中国、世界全体のEVの販売台数を示します(世界全体と個別国のスケールが異なります)。ここで注意すべきなのは、EVのうちPHEVとBEVのみしか示されていないことです。世界の脱炭素化の意識においては、電動化にはHEVは含まれていないと考えられます。

 この図を見ると、電動化の動きは近年になって大きく上昇しており、特に2021年は前年の2倍程度となっています。2021年には全世界でEVの販売台数が660万台となっており、その半分が中国で販売されています。EUは中国の半分の177万台、米国は63万台です。

 どの国もBEVが半数以上を占めており、中国は8割以上がBEVです。世界の電動化はBEVを中心に進んでいると言っても良いでしょう。上記の国と日本のEV(HEVを除く)の販売台数を示したものが下図です。世界の認識するEVの販売台数を国別に比較した場合、日本と他の国との違いは非常に大きな差があります。

出所)International Energy Agency (IEA):Global EV Outlook 2022、Securing supplies for an electric future, https://www.iea.org/reports/global-ev-outlook-2022

 これらの結果より、EVの保有台数の推移を下図に示します。EVは世界中で2021年には1,620万台保有されるに至りました。また、その増加スピードは前年比約1.6倍で増加するという驚異的な増加傾向がみられます。そのうちの約7割がBEV、3割がPHEVです。そして、その半数が中国で保有されていることが分かります。

 このように日本と欧州、中国とはEVの普及に関する方針が異なっています。2050年のモビリティの脱炭素化に向けて、日本は異なる経路によってゴールに向かおうとしています。実際、日本の電力の脱炭素化は進んでおらず、現状でBEVが普及しても脱炭素化はすぐには実現できません。そして、EVの二酸化炭素排出量は、燃費だけでなくEVの製造、廃棄、リサイクルまで含めたライフサイクル全体で評価されるものであり、それらも含めた施策の妥当性が判断されることになります。これらについては、次回以降で検討していきます。

 次に、EVの普及の前提となる公共の充電器の設置数を国別に見たものを下図に示します。公共の充電器は2015年から順調に増加を続け2021年には世界中で低速充電器が120万基を超え、高速充電器も57万基に迫っています。その増加率は前年比1.4~1.5倍となっています。

 このこのうち、中国は世界の急速充電器の約85%、低速充電器の55%を占めています。EUは低速充電器は中国の半分程度を設置していますが、高速充電器では中国の1割程度です。これは、EVセクターにおける中国のリーダーシップと、人口密度の高い都市特性を反映しています。

(3)各国のEV普及施策

 各国(日本、EU、米国、中国)のEVの普及に関する政府の目標を表-1に示します5)。2030年までのLDV(小型車)販売台数に占めるEV(BEV、PHEV)の比率を国ごとにまとめると以下の通りです。

表-1 各国政府のEVと充電器の普及目標

国名  LDVの販売に占めるEVの販売割合  公共充電ステーションの設置数
日本2030年までにLDV販売の20~30%、FCV:3%2030年までに15万のEV充電ステーション、1000の水素ステーション
EU2030年までにLDV販売の35%(ZEV:FCVを含むゼロエミッション車)2025年までに100万、2030年までに300万EV充電ステーション
米国2030年までにLDV販売の50%50万EV充電ステーション(目標年不明)
中国2035年までにLDV販売の100%を達成(NEV:FCVを含む新エネ車)2025年までに1300万(低速)、80万(急速)充電ステーション
2035年までに1,500万(低速)、146万(急速)充電ステーション
注)LDV:小型車、FCV:燃料電池自動車、EVはBEVとPHEVを指す。
出所)International Energy Agency (IEA):Global EV Outlook 2022、Securing supplies for an electric future

 上表を見ると、2030年までに日本は20~30%(FCV3%)に対し、EU35%(FCEV含む)、米国50%となっています。一方、中国は2035年目標で100%を目指すという極めて野心的な目標を設定しています。日本の目標が相対的に低いことが分かります。

 また、EVの普及のキーポイントとなる充電ステーションの整備目標も上表に示しています。日本のEV充電ステーションの整備目標が2030年に15万基であるのに対し、EUは300万基、中国は2025年に1300万基(低速)、80万基(急速)を整備することとしており、これも中国の野心的な目標が目立ちます。

 EVの普及に対する政府からの補助金も重要な要素です。EVに対する政府支出と個人消費支出を下図に示します5)。購入補助金や免税などの政府支出は倍増し300億米ドル近くに上っています。個人消費も倍増し5年前の約8倍の2,500億米ドルに達しています。その結果、電気自動車の総支出に占める政府のシェアは10%にとどまり、5年前の約20%から低下しました。

出所)International Energy Agency (IEA):Global EV Outlook 2022、Securing supplies for an electric future

 中国では、2021年の政府支出は2020年と比較して倍増し、120億米ドルに達しています。しかし、電気自動車1台当たりの政府支出は約5,000米ドルから3,750米ドルに減少しています。2021年の減少は、1台当り補助金の減少と売上の急増を反映しています。

 欧州は過去2年間に電気自動車への公共支出を大幅に増加させました。2020年には2倍以上の80億米ドル、2021年には125億米ドルに増加しました。電気自動車の普及を支援するための政府支出は全体として増加しましたが、1台当りの支援額は、2019-2021年の期間にわたって5,000〜6,000米ドルの範囲で横ばいでした。

 米国では、2021年に政府支出が3倍の20億米ドルに増加しましたが、中国とヨーロッパの水準に遅れをとっています。1台当りの政府支出は約3,200米ドルで、2020年に提供された2,300米ドルの支援レベルを上回っていますが、2019年の4,500米ドルを下回っています。

 日本のEV(HEVを含む)への国の補助金は「クリーンエネルギー自動車導入促進補助金(CEV補助金)」として予算化されています。1台当りの補助上限が、BEVは85万円、軽自動車EV、PHEVは55万円となっています。これをドルで換算するとそれぞれ6,500米ドル、4,200米ドルです(1ドル130円で計算)。国の予算は上限があり、2022年は1次補正を加えて430億円(3.3億米ドル)でしたが、10月でその上限を超えるというアナウンスがされています6)

(4)EV普及に関する課題

 EVは近年驚異的な増加を続けてきましたが、将来に向けてその堅調な発展に対する最も大きな懸念要因はバッテリーの生産能力です。IEAがまとめたバッテリーの供給に関するサプライチェーンの状況を以下に示します7)。下図に金属鉱物の産出(Mining)、材料加工(Material processing)、電池セル要素の製造(Cell components: Cathode/Anode)、電池セル製造(Battery cells)、EV製造(EV products)の国別割合を示しています。

 EVバッテリーの主流であるリチウムイオン電池の原料となるリチウムの生産量はオーストラリア、中国が多くを占めています。また、主要材料のニッケルはインドネシアとロシアが多くを占め、コバルトはコンゴ民主共和国が7割を占めています(ロシアのウクライナ侵攻によってニッケルの供給が減少し、価格が高騰しています)。

注1)Li:リチウム、Ni:ニッケル、Co:コバルト、Gr :グラファイト、DRC =コンゴ民主共和国
注2)地理的内訳は、生産が行われる国を指します。Mining(鉱物産出)は生産データに基づく。Material processing(材料加工)は、生産能力データの精緻化に基づいています。Cell components(電池セル要素)の生産は、陽極および陰極材料の生産能力データに基づいています。電池セルの生産はその生産能力データに基づいています。EV生産はEV生産データに基づいています。インドネシアは全ニッケルの約40%を生産していますが、現在EVバッテリーのサプライチェーンではほとんど使用されていません。クラス1のバッテリー グレード ニッケルの最大の生産国は、ロシア、カナダ、オーストラリアです。
出所)International Energy Agency (IEA):Global Supply Chains of EV Batteries,
https://www.iea.org/reports/global-supply-chains-of-ev-batteries

 鉱物の材料加工(精製)についてはリチウム、コバルト、グラファイトは中国が6割以上、ニッケルも3割以上を占めています。また電池セル要素(陽極、陰極)の生産、電池セルの製造も中国が圧倒的な割合を占めており、その結果中国はEVの生産で50%を占める結果となっています。

 中国のEVバッテリーの生産能力の増加は、10年以上前から中国政府がEVバッテリーを戦略的な産業であるとみなし優先的に支援を行ってきた結果です。中国の政策には、EVバッテリーの生産に必要な鉱物産出、材料加工、電池セル要素の生産、電池セル製造、EV製造までのサプライチェーン全体を確保するという戦略が含まれています。

 これらのサプライチェーンの確保の重要性に気が付いた各国政府は最近になって、中国に対抗する政策を打ち出しています7)8)。例えば、米国はリチウムバッテリー国家計画 (2021‑2030 年)を公表して、米国とパートナー国が安全なバッテリー材料と技術からなるサプライチェーンを確立するというビジョンを公表しています。

 また、EUは2017年にEUバッテリーアライアンス(EBA)を設立し、欧州域内の競争力ある産業の構築を目指してきました。2019年には7加盟国が共同申請したバッテリーセルに関するR&Dプロジェクトを欧州共通利益重要プロジェクト (IPCEI) としてEU委員会が承認し、2031 年までの期間に29億ユーロの資金を確保しています。

 さらに、中国はこれまでのサプライチェーンの構築をさらに推し進めるとともに、資源が不足すると考えられるリチウムイオン電池に代わってナトリウムイオン電池産業の発展を促進するため、業界標準と製品標準を示して、規模の縮小、コストの削減、バッテリー性能の向上を実現することを目指しています。

 一方、日本もサプライチェーン構築のためのバッテリー協会を結成し、政府によるバッテリー生産施設への財政支出を求め、日本政府は1,000億円の補正予算の充当を発表しました。そして、2030年までの生産能力の確保に向けた立地支援、次世代蓄電池の研究開発支援、サプライチェーンの転換支援等を行うことを確認しています8)

 世界各国が自動車の脱炭素化を進めていますが、2050年までに脱炭素化を実現するためには、総販売台数に占めるEVの割合を2030年までに約60%にする必要があるとされています。そしてそのEVを生産するために必要なEVバッテリーは、現在の340GWhから3,500GWh以上に増加させる必要があるとのことです7)

 そのための最も大きな課題がEVの材料となる金属鉱物の産出です。バッテリー需要の増加によりその材料であるリチウム、ニッケル、コバルトの生産を増加させることが必要です。具体的にはリチウムの需要は、2030年までに6倍の50万トンに増加すると予測されており、50の新しい平均規模の鉱山の開発を必要とします。しかし、鉱物の産出には実現可能性調査から生産まで 10 年以上を要し、公称生産能力に達するまでさらに数年を要します。そのため、IEAは直ぐに鉱山の開発に投資を行うことが必要と指摘しています。

 また、中国が重視しているナトリウムイオン電池や、各国が争っている全固体電池の開発等がこれらの課題解決の道を開く可能性があります。さらに、車載バッテリーを大型にせずに小型にするという法規制なども重要な政策となると指摘されています。

まとめ

 モビリティの脱炭素化に向けて普及が進むEVの世界的な動向を参考文献を基にまとめてきました。EVの普及の前提となる充電ステーションの普及、さらにEVの普及の制約となるバッテリーの供給における課題を整理しました。そして、その普及における各国政府の施策についてもまとめました。

 EVはこの10年に前年比1.6倍というスピードで普及を続け、2021年末に1620万台となりました。そのうちの約7割がBEV、3割がPHEVです。そして、その半数が中国で保有されています。

 なお、IEAではEVのうちBEVとPHEVのみをゼロエミッション車(ZEV)ととらえており、IEAの統計ではBEVとPHEVのみを集計しています。直近の販売台数は中国が330万台、EUが177万台、米国が63万台、世界全体で660万台でした。日本のEVは2021年の販売台数が約4.5万台と世界全体の1%未満です。

 各国の2030年のEVの販売目標(全車種に対する割合)は、日本20~30%(FCVの目標は3%d)、EU35%(FCを含む)、米国50%です。中国は2035年に100%を達成するとしています。

 EVの普及の前提となる公共の充電器の設置数は2021年末に世界中で177万基を超えています。そのうち、低速充電器は121万基、高速充電器が57万基です。その設置数を押し上げているのは中国であり、中国は世界の急速充電器の約85%、低速充電器の55%を占めています。中国は高速充電器の普及割合が高いことが特徴です。

 EVの公共充電器の目標は、2030年までに日本は15万基、EU300万基、米国50万基です。中国は2035年に1,500万基(低速)、146万基(急速)としています。ここでも、中国の野心的な目標が目立ちます。

 各国政府はEV普及のための購入補助金等の支出を行っています。2021年の政府支出は欧州125億米ドル、中国120億米ドル、米国20億米ドル、日本3.3億米ドル(日本は予算ベース、1ドル130円で換算)でした。

 EV普及の課題は、EVに搭載するバッテリーの生産可能性です。中国は、10年以上前からEVバッテリーの生産に必要な鉱物産出、材料加工(精製)、陽極・陰極の生産、電池セルの製造、EV製造までのサプライチェーン全体を確保するという戦略を実施してきました。

 その結果、中国は鉱物の材料加工については、リチウム、コバルト、グラファイトは6割以上、ニッケルも3割以上を占めています。また電池の陽極、陰極の生産、電池セルの製造も中国が圧倒的な割合を占めており、その結果中国はEVの生産で50%を占め、EUの2倍程度に登っています。

 最近になって各国政府がEVバッテリー生産のサプライチェーン確保の重要性に気が付き政策を進めるようになっていますが、当面は中国のバッテリー供給の優位性は変わらないと思われます。

 2050年脱炭素化を実現するためには、総販売台数に占めるEVの割合を2030年までに約60%、EVバッテリーの生産を現在の10倍以上増加させる必要があります。そのためには、金属鉱物を産出できる鉱山開発に投資する必要があります。具体的にはリチウムの需要は、2030年までに50の平均サイズの新しい鉱山を開発する必要があるとされています。

 今回の検討では日本と欧米、中国とはEVの普及に関する方針が異なっていることが分かりました。2050年のモビリティの脱炭素化に向けて、日本は異なる経路によってゴールに向かおうとしています。EVの二酸化炭素排出量については、EVの製造、廃棄、リサイクルまで含めたライフサイクル全体での評価により施策の妥当性を判断する必要があります。これらについては、次回以降で検討していきます。

<参考文献>
1)経済産業省:公式Webサイト、政策について、審議会・研究会、エネルギー・環境、長期地球温暖化対策プラットフォーム「国内投資拡大タスクフォース」(第3回会合)、資料-2、2016年9月26日
2)一般社団法人日本自動車工業会:2050年カーボンニュートラルに向けた課題と取組み-「グリーン成⻑戦略」に対する考え⽅と要望―2021年4⽉28⽇
3)一般社団法人日本自動車工業会:日本の自動車工業2022年版、2022年8月
4)国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO):車載用蓄電池分野の技術戦略策定に向けて技術戦略研究センター(TSC)レポート、2015年10月
5)International Energy Agency (IEA):Global EV Outlook 2022、Securing supplies for an electric future, https://www.iea.org/reports/global-ev-outlook-2022
6)一般社団法人次世代自動車振興センター:新着情報、「CEV補助金の予算残・申請受付終了見込み」について ❨10月19日公表❩
7)International Energy Agency (IEA):Global Supply Chains of EV Batteries,
https://www.iea.org/reports/global-supply-chains-of-ev-batteries
8)経済産業省:「次世代蓄電池・次世代モータの開発」プロジェクトの研究開発・社会実装の方向性、第3回 産業構造審議会 グリーンイノベーションプロジェクト部会 産業構造転換分野ワーキンググループ、資料2、2021年7月