2050年のカーボンニュートラルに向けて、内燃機関での燃料燃焼による二酸化炭素排出が大きいモビリティの脱炭素化も避けては通れない課題です。各国はモビリティの電動化を進めることで脱炭素化を図ろうとしていることを既に報告しました(「乗用車(2)-脱炭素化の世界動向」を参照ください)。
また、乗用車のライフサイクルにおける二酸化炭素排出量を分析するLC-CO2に関する文献サーベイの結果、モビリティの脱炭素化をBEVを中心に進める場合はEVバッテリーの脱炭素化を進める必要があり、HEVまたはPHEVを中心に進める場合は燃料の脱炭素化、すなわちバイオ燃料や合成燃料の使用を前提とすることが分かりました(「乗用車(3)-乗用車のライフサイクルアセスメント」を参照ください)。
今回はEVバッテリーと脱炭素燃料の技術開発の現況と今後の可能性について検討していきます。まず、EVバッテリーについては、航続距離が短い、充電時間が長い、寿命が短い、価格が高い、バッテリーの原料となる素材の継続的な生産が課題となっていました。
航続距離を長くするためにはEVバッテリーを大容量にすることが必要ですが、その場合は製造時の二酸化炭素排出量が増加することが明らかになりました。EVバッテリーのエネルギー密度を向上させて製造時の炭素強度を低下させ、さらに安全で長寿命のEVバッテリーを開発することが必要です。
一方、燃料の脱炭素化については、以前から各種の植物を使ったバイオ燃料(バイオエタノール、バイオディーゼル)の開発が進められてきました。さらに化学的な反応を用いた合成燃料の研究も進められています。原理的には既に開発済みではありますが、その製造過程における脱炭素化(低炭素化)も必要であり、同時に低コスト化も今後の課題と言われています。
今回はこれらのバッテリーと脱炭素燃料の開発の現況、将来の開発の可能性等についての文献サーベイを通じて整理し、脱炭素化に向けての日本の現在の進捗状況を分析します。
EVバッテリーの脱炭素化
(1)EVバッテリーの脱炭素化の課題
乗用車の脱炭素化の対策の中心はEVの普及を図る電動化です。しかし、脱炭素化が進んでいない電気を使用したEVの走行は、あまり二酸化炭素排出量を低減できないため、EVが使用する電気は化石燃料の利用を極力減らした電気でなければなりません。
また、EVのエネルギー源となるバッテリーは現状ではその性能が十分とは言えません(ここで扱うバッテリーは車載用のEVバッテリーであり、以降は単にバッテリーと称します)。さらに、その性能の問題に加えて、充電インフラの整備も課題ですが、ここではEVバッテリーの課題のみを取り上げます。
EVを迅速に普及させるためのバッテリーの課題を列挙すると、以下の項目となります1)。
① バッテリーの性能の向上(エネルギー密度、安全性、充電時間)
② バッテリー生産のための資源確保
③ バッテリーのリユース、リサイクル
まず、バッテリーの性能を向上させることが必要です。ガソリン車の1回の給油当りの航続距離は600~800kmが一般的ですが、EVではまだここまでの航続距離は出せていません。また、現状では1回の充電当り航続距離が400kmのバッテリーでは、製造時の二酸化炭素排出量が非常に大きくなることが課題でした(「乗用車(3)-車種別のライフサイクルアセスメント」を参照ください)。
性能の向上対策としてはエネルギー密度の向上が第1であり、安全性の向上や充電時間の短縮などがあります(製造時の二酸化炭素排出量はエネルギー密度の向上によりある程度軽減が可能です)。また、バッテリーの素材である希少資源の枯渇を防止し安定供給を可能とするためにリサイクル技術の確立も望まれます。
(2)EVバッテリーの性能の向上
(a)蓄電池の開発の歴史
電池は一次電池と二次電池に分かれ、充電と放電を繰り返して何度も使用できる電池を二次電池または蓄電池と言います。ここで対象としているEVバッテリーはもちろん蓄電池を意味します。
蓄電池の種類と特性を下表に示します。鉛蓄電池は19世紀半ばに商品化され、現在もガソリン車のバッテリーとして使われています。エネルギー密度は重量当り密度が30~50Wh/kgであり、体積当り密度が50~100Wh/Lです。その後商品化されたのがニカド電池(ニッケル・カドミウム電池)であり、さらにNi-MH電池(ニッケル・水素電池)、LIB(リチウムイオン電池)とエネルギー密度が向上していきます1)。LIBは鉛蓄電池に比べてエネルギー密度が6~7倍になりました。
表-1 主な蓄電池の種類とエネルギー密度
種類 | 商品化年 | 形状 | セル電圧 | 重量エネルギー 密度(Wh/kg) | 体積エネルギー 密度(Wh/L) |
---|---|---|---|---|---|
鉛蓄電池 | 1859年 | 角形 | 2.0V | 30~50 | 50~100 |
ニカド電池 | 1863年 | 単三 | 1.2V | 55~65 | 170~210 |
Ni-MH電池 | 1990年 | 単三 | 1.2V | 90~100 | 340~390 |
LIB | 1991年 | 18650 | 3.7V | 200~250 | 460~700 |
LIBは2021年にノーベル賞を受賞した吉野彰氏が旭化成の研究所で開発したものです。電池の正極と負極に何を選定するとエネルギー密度の高い小型、軽量化した蓄電池を作れるかが開発のテーマだったと言われています2)。この開発当時のLIBは正極にコバルト酸リチウム、負極に特殊なコークス(カーボン)を使ったものであり、現在もその原理は継承されています。LIBは携帯電話やパソコンの普及を後押しするように爆発的な普及につながりました。
エネルギー密度は正極と負極の物質の電位差すなわち電圧が高いほど大きくなります。鉛蓄電池からNi-MH電池までは電解質に水溶液を用いてきました。これに対してLIBは電圧が3.7Vと高く水溶液の分解が起こるため、電解質に有機溶媒を使っています。その結果、LIBの問題点としてEVに使う場合に、電解質の可燃性による火災などの安全性の問題が残されていました。
(b)LIBによるエネルギー密度の向上と限界
LIBに関するエネルギー密度等に関する世界の開発目標について、下表に示しています1)。下表は2015年時点における日本、米国、欧州、中国の車載用LIBの開発目標値を示しています。これを見ると、重量エネルギー密度の開発目標は200~300 Wh/kg、体積エネルギー密度は300~500Wh/Lとなっています。
表-2 LIBバッテリーの世界の開発目標(2015年時点)
項目/国・地域 | 日本 | 米国 | 欧州 | 中国 | |
---|---|---|---|---|---|
.車両タイブ | PHEV | EV | EV | EV | EV |
重量エネルギー密度(Wh/kg) | 200 | 250 | 235 | 200~300 | 200 |
体積エネルギー密度(Wh/L) | 240 | 300 | 500 | 300~500 | - |
重量出力密度(W/kg) | 2,500 | 1,500 | 2,000 | - | 2,000 |
体積出力密度(W/L) | 3,000 | 1,800 | 1,000 | - | - |
コスト(円/kWh) | 20,000 | 15,000 | 13,500 | 20,000 | 26,000 |
カレンダー寿命(年) | 10~15 | 10~15 | 15 | 10 | 10~15 |
サイクル寿命(回) | 4,000~6,000 | 1,000~1,500 | 1,000 | 3,000 | 2,000~3,000 |
現在流通している蓄電池の重量エネルギー密度を下図に示します。現状で最も重量エネルギー密度が高いNCA(ニッケル・コバルト・アルミニウム酸リチウム)は250 Wh/kg程度であり、各国が目標としていた目標値をほぼ達成していることが分かります3)。しかしLIBの特性上、これ以上のエネルギー密度の向上は期待できないとされています。
注)略称は以下の通り
Lead Acid:鉛蓄電池
NiCd:ニカド電池
NiMH:ニッケル水素電池LTO:Li2TiO3
LFP:LiFePO4
LMO:LiMn2O4
NMC:LiNiCoMnO2
LCO:LiCoO2
NCA:LiNiCoAlO2
(c)次世代バッテリーの開発の現状
下表に日本のEVとバッテリーに関する2015年時点での開発目標を示しています。EVの1回の充電当りの航続距離は、2015年当時で120~200kmであり、2030年代には500km以上にする目標です。また、この500kmを超えてガソリン車の航続距離(600~800km)までに近づけることが必要になってきます。
表-3 日本におけるEVバッテリーの開発目標
項 目 | 2015年時点 | 2020年代 | 2030年代 | |
---|---|---|---|---|
EV | 航続距離(km) | 120~200 | 250~350 | 500以上 |
車両価格(万円) | 300以上 | 230 | 190 | |
バッテリーパック | バッテリータイプ | LIB | 先進LIB | 革新型バッテリー |
エネルギー密度(Wh/kg) | 100 | 250 | 500 | |
コスト(万円/kWh) | 7 | 1.5 | 1 | |
研究開発体制 | 産主導 (垂直連携) | 産学連携 (垂直連携を基本) | 産学連携 (水平連携) |
バッテリーの航続距離と重量の両方に関係するのがエネルギー密度です。エネルギー密度が大きければ、バッテリーが軽くなって車体を軽くでき、また航続距離を延ばすことができます。上表に示すように、航続距離を延ばすために2030年には重量当りエネルギー密度は500Wh/kgを目標とされています。
このためバッテリーはエネルギー密度の限界が見えているLIBから革新型蓄電池への開発が期待されています。このバッテリーは全固体リチウムイオン電池であるとされています(下図参照)。全固体リチウムイオン電池は電解質に固体を使った蓄電池です。固体中をリチウムイオンが移動して電子の移動を行い、電気を流すことができます。
この全固体電池の特徴を以下に示します4)。それは高い安全性、高耐熱性、高エネルギー密度、高い出力特性と言えます。また、そのエネルギー密度の目標値は800Wh/Lとされ(重量密度は500Wh/kg超)、当初の目標を達成します5)。日本において官民挙げて開発を急いでいますが、2020年代後半に商品化され、2030年代に普及すると言われています。
表-4 全固体電池の特性
性能項目 | 液系LIB | 全固体電池 | |
---|---|---|---|
イオン伝導体 | 有機電解液(可燃性) | 無機固体電解質(難燃性) | →安全性向上 |
分解温度 | 80℃以上(冷却が必要) | 200℃以上(冷却が不要) | →耐熱性向上 |
耐電圧 | 4.5V程度で電解液が分解 | 5V以上 | →高エネ密度化 |
イオン伝導度 | ~16×10-3 S/cm | ~25×10-3 S/cm(硫化物系) | →高入出力化 |
輸率 | 0.3~0.5 | 1(急速充電が可能) | →高入出力化 |
上表に示すように全固体電池の特性として輸率が1とされています。LIBの電解液はLi塩としてLiPF6を使用する場合が多いのですが、Li+イオンが移動すると同時に電気的中性を保つためにPF6–が同時に移動します。そのため全電流に占めるLi+伝導の割合、すなわち輸率は1 を大きく下回り、0.3~0.5程度と低いのです。全固体電池の場合はLi+のみが移動するため、流れる電流はLi+のみ、すなわち輸率が1であるため約3倍程イオン輸送効率が良くなり、充電時間も短くなるということです5)。
(3)EVバッテリー生産のための資源確保
EVの生産に必要な希少資源の使用量を下図に示します4)。BEVは1台の車両製造のためにリチウム7.2kg、ニッケル27.5kg、コバルトは11kgが必要です(バッテリーだけでなくBEV全体の生産の必要量)。一方、PHEVはリチウムとニッケルともにBEVの1/3ですみます。HEVは同様にリチウムについてはBEVの1/70であり、ニッケルについては1/55です。
国別のLIBの生産能力について2020年実績と2025年見込みを示したものが右表です4)。日本での生産能力の増加はわずかですが、欧州と中国のそれは大きな増加を示しています。EVバッテリーのサプライチェーンの構築については、前回の報告で中国が早期に対策を実施してきたと報告しましたが、その成果が出ているようです。
これらの希少金属の採掘、確保に向けて日本政府は遅まきながらJOGMEC(石油天然ガス・金属鉱物資源機構)による金融支援を強化する予定です。JOGMECは現在、希少金属の探鉱融資に上限80%、探鉱出資に上限50%の支援を行っていますが、これらの支援をさらに強化して資源確保に取り組む予定です。
各国共に希少資源の確保に動いていると同時に、希少資源を使わない次世代電池の開発も進めています。現在、「省エネ型電子デバイス材料の評価技術の開発事業」において、全固体リチウムイオン電池の材料の評価のための標準セルの開発等に取り組みを進めています。本プロジェクトでは、こうした技術基盤を活かしつつ、高性能蓄電池や材料の開発等に取り組む予定とのことです。
最近公表された「クリーンエネルギー戦略中間整理」(資源エネルギー庁)によれば、蓄電池の生産能力を「2030年にわが国企業全体でグローバル市場において600GWhの製造能力の確保を目標とする」とされています6)。しかし、2025年での日本地域での生産能力の見込みが39GWhであるのに2030年に600GWhは可能な数字なのか大変疑問です(上表に示した地域別の生産能力は本邦企業が海外で生産していた場合、当該地域での生産能力として計算されると思われますが、39GWhにどの程度上乗せされるか不明です)。
(4)EVバッテリーのリサイクル
希少金属の供給が逼迫すると予想されることから、今後はEVバッテリーのリサイクルが重要になります。上記の「クリーンエネルギー戦略中間整理」においても、グリーンイベーション基金(GI)によるリサイクル技術の開発などが謳われています7)。
また、2021年4月に、電池材料、部品およびそれらの原料のサプライチェーン関連産業の健全な発展を図ることを目的に、電池サプライチェーン協議会(Battery Association for Supply Chain:以下BASC)が設立されています。本協議会では、電池材料のリサイクルの仕組みづくり等について以下の課題を挙げています7)。
●リサイクル資源のボリューム不足によりコストが高い
●リサイクル過程での焙焼炉、産廃許認可のハードルが高い
●破砕・選別等のブラックサンド化に必要な設備の不足
●BtB(Battery to Battery)リサイクル材の純度が低い
また、近年各企業がバッテリーのリサイクル施設の整備や外国企業との連携を図っています。具体的には日産が欧米に車載電池リサイクル工場を一カ所ずつ建設することを発表、ホンダがフランスSNAMと欧州22か国でのEVバッテリーのリサイクルに関する協力関係を拡大、トヨタが米国内での使用済み電池の再利用で米Redwood Materialsと提携などが2020年から2022年までに報道されました8)。
このように、日本におけるBEVの普及が進まないため、国内でのバッテリーのリサイクル資源の不足によりリサイクルコストがかさむことが課題であり、企業としても海外企業との連携が必要と判断していると思われます。
脱炭素燃料の開発と普及
脱炭素燃料を大別すると以下のようにバイオマスを原料とするものと他の原料(例えば水素と空気中の二酸化炭素)を用いる合成燃料があります。
●バイオマス燃料:バイオエタノール
●合成燃料:合成メタン、合成エタノール、バイオジェット燃料(SAF)
(1)バイオエタノール
バイオマス燃料はバイオエタノールが代表的です。バイオエタノールはこれまでトウモロコシ、サトウキビ、小麦などからエタノール発酵により生産されてきました。食料との競合問題から近年では非食用の植物からの生産を志向するようになっています。
バイオエタノールは大気中の二酸化炭素を光合成で炭素固定された植物体から作成されるため、使用時に排出される二酸化炭素はもともと大気中にあったものであるため、カーボンニュートラルとされます。ただし、生産の過程で消費されたエネルギーからの二酸化炭素排出量はカウントされます。
そのため、各種のLCAモデルを使ってバイオエタノールの熱量当り二酸化炭素排出量を算定したものが下表です。ガソリンのベースラインと比較して、トウモロコシ原料バイオエタノールは25~51%の削減、サトウキビ原料のそれは54~72%の削減率となっています9)。
表-5 原料種、LCAモデル別のバイオエタノールの二酸化炭素排出量
原料/LCAモデル | BioGrace | GHGenius | GREET | 高度化法 | |
---|---|---|---|---|---|
ガソリンベースライン | 83.8 | 95 | 90.2 | 88.74 | |
バイオエタノール | トウモロコシ | 43.6 | 64.2 | 67.8 | 43.15 |
サトウキビ | 24 | 43.3 | 25.3 | 33.61 | |
小麦 | 69.9 | 71 | - | - |
出所) CN2燃料の普及を考える会:図解でわかるカーボンニュートラル燃料、2022年6月3日
日本では、2002年12月に閣議決定された「バイオマスニッポン総合戦略」において、バイオエタノールを含むバイオマスエネルギーの技術開発や普及促進が掲げられています。2006年3月の改定でバイオエタノールのガソリン混合への道筋が定められ、2010年度までに原油換算50万kLの導入が決められました。この時は、テンサイ、サトウキビの供給コストや供給安定性の問題を確保できずに2015年度に補助金が打ち切られ、生産はほぼなくなりました9)。
しかし、2011年度からエネルギー供給構造高度化法の下でバイオエタノールの導入が目標とされ、2017年度に原油換算で50万kL(バイオマスニッポン総合戦略と同量)の目標が掲げられ、2018年の告示改正でも2022年度までのバイオエタノールの導入目標も同量の50万kLとされています。
ただし、日本で利用されているバイオエタノールはブラジルとアメリカで製造されたものです。輸入されたバイオエタノールをイソブテンと混合してETBE(エチル・ターシャリー・ブチル・エーテル)に変換し、これを1%混合したガソリン製品として供給されています。
一方、バイオエタノールを直接ガソリンに混合させるE3(3%混合)、E10(10%混合)ガソリンについては、その利用に関する検討が進められました。「ガソリン車バイオ燃料WG研究報告」において、E3については通常のガソリンと同様に全く問題なく使用することができ、E10についても課題のほぼすべてが解決したとされています。ただし、E10ガソリンはE10対応ガソリン車のみで使用することができます。
バイオエタノールの第一世代はトウモロコシなどの食用作物でしたが、第2世代はセルロース系の植物を使ってエタノール化するものです。セルロースはわら、農作物の皮、茎、木の葉、落ち葉など非食用の植物や廃棄物も含まれます。バイオ燃料技術革新協議会によって研究開発が行われ、一定の成果を得たものの、バイオ燃料の原料が少なく小規模生産のため、コスト面での課題が残されているため、その生産は補助金が充てられた一部のモデル事業のみに限定されているようです。
(2)合成燃料
合成燃料は、二酸化炭素と水素から作られた燃料を言います。下図に示す通り、メタネーションにより作成される合成メタンのような気体合成燃料やメタノール合成やFT合成により作成される液体合成燃料があります10)。
二酸化炭素から合成燃料を作ることをカーボンリサイクルと言います。2019年に策定された「カーボンリサイクル技術ロードマップ」が2021年7月に改訂され、カーボンリサイクルの推進を図ることとされました。カーボンリサイクルとは二酸化炭素を資源としてとらえ、これを分離・回収し、鉱物化や人工光合成により化学品、燃料への変換を行うことを指します11)。
合成メタンは、LNG・天然ガスと代替が容易であり、既存インフラ等を活用して供給が可能です。合成メタンの生産能力向上に向けた技術開発、カーボンリサイクル燃料としての二酸化炭素排出に係る制度・ルールの整備が課題とされています8)。
現時点で世界最大規模400Nm3/h級メタネーション設備を開発し、2025年度までに導管注入を行います。また、2030年度までに数千~1万Nm3/h級を実現することを目標としています。合成メタン製造の高効率化が期待できる革新的メタネーションの技術開発にも取り組みます(グリーンイノベーション基金の活用)。
合成エタノールについては、FT合成反応(Fischer-Tropsch:フィッシャートロプシュ)により製造されます。FT合成とは水素と一酸化炭素の合成ガスを触媒反応により直鎖状の炭化水素に変換するプロセスを言います。FT合成はもともと石炭を原料として石油を製造するためにドイツで開発された技術です。
反応温度が180~250℃、圧力10気圧から45気圧では重質油とワックスが生成され、反応温度が330~350℃、圧力25気圧では軽質油が生成されます。触媒は、コバルト、鉄、ニッケル、ルテニウムなどですが、資源制約や経済的な理由から鉄とコバルトが使われています。
EVの燃料とは異なりますが、脱炭素燃料の開発で最も積極的な動きは航空業界です。IATA(国際航空運送協会)は2021年10月に、「IATA加盟航空会社は2050年までに運航による正味ゼロの炭素排出量を達成することを約束する」決議を可決しています12)。この目標を達成するため世界中の航空機が持続可能な航空燃料(SAF:Sustainable Aviation Fuel)を使用することを想定しています。SAFは国際規格で決められており、このFT合成により作成されるエタノールも承認されています。SAFの内容を下のコラムに示します。
持続可能な航空燃料(SAF) IATA は二酸化炭素排出量を2050年までのネットゼロの目標の達成のためにSAFを普及させることを表明しています。 SAFとして国際規格で認められているものは、森林系バイオマス、草本系バイオマス、植物油、アルコール、藻類、都市ごみなどのバイオマスから製造されるため、バイオジェット燃料とも呼ばれています。国際規格(ASTM D7566)で認められた製造方法は7種類あり、一例を以下に示します。 ●FT合成により製造する合成パラフィン系ケロシン(FT-SPK) ●使用済み食用油や植物油などの水素処理による合成パラフィン系ケロシン(HEFA-SPK) ●アルコール由来の合成パラフィン系ケロシン(ATJ-SPK) ●超臨界水接触水熱分解反応による合成ケロシン(CHJ) 上記のうち最も普及しているのが使用済み食用油などで水素を使って製造する方法です。 SAFの二酸化炭素排出量の削減効果の一例を下に示します。従来のジェット燃料は87.5g-CO2/MJです。 <FT> 木質チップ 4.8g-CO2/MJ 95%削減 ポプラ 10g-CO2/MJ 89%削減 <HEFA> 廃食用油 27g-CO2/MJ 69%削減 ジャトロファ 30g-CO2/MJ 66%削減 微細藻類 26g-CO2/MJ 70%削減 <ATJ> サトウキビ 31g-CO2/MJ 65%削減 日本は「SAF官民協議会」を2022年4月に立ち上げ、必要な政策の検討に入っています。これまでNEDO等で開発してきた技術を用いて、国内での生産量を拡大する予定です。 |
モビリティの脱炭素化における日本の進捗状況
モビリティ部門の脱炭素化を図るための対策として、EVバッテリーの性能向上と脱炭素燃料の開発について整理してきました。これまでの整理結果より、日本のモビリティの脱炭素化の進捗状況を検証します。
モビリティの脱炭素化においては、100%電気で走行するBEVを普及させるためにはEVバッテリーをガソリン車並みの航続距離や安全性などを向上させること、今後需要が増大した時に希少資源の継続的な供給が課題でした。一方、EVのうち希少資源の使用が少ないHEVやPHEVを中心に脱炭素化を行う場合は、脱炭素燃料の使用が前提とされていました。
EVバッテリーの性能向上については、現状の普及の中心であるLIBでは限界があり、ガソリン車等のような航続距離(600~800 km)を実現するのは難しく、仮に実現しても車両重量が重く燃費が低下するうえ、バッテリー製造過程での二酸化炭素排出量が多大になることが課題でした。
今回の検討では、次世代蓄電池としての全固体電池の開発によりガソリン車並みの航続距離を達成することはできると思われますが、その普及は2030年以降になると想定されました。さらに、希少金属の供給については資源の賦存が偏っており、サプライチェーンを抑えている中国と欧州以外の国での調達は難しくなると想定されました。
日本はこれまでEVの普及はHEVがほとんどでした。現在、全固体電池の開発を急いでいますが、全固体電池が開発された際に日本製BEVの生産が拡大できるのかどうか不明です。全固体電池もLIBと同じ希少金属を使用して作られるため、希少金属の調達がネックになります。調達のしやすい素材でできる蓄電池の開発がどの程度進むかが課題です。
バッテリーのリサイクルの検討で分かったように、日本のEVの販売状況から国内でリサイクルするためのバッテリーが少なく、コストがかかりすぎることが課題でした。リサイクルの規模がある程度大きくなければ採算が取れないことは容易に想像がつきます。また、普及しているEVのほとんどがHEVであるため、そのバッテリー容量は少なく、資源回収における効率性も低いものと想定されます。
仮に希少金属を海外で調達できた場合でも、そのコストは非常に高額になっているはずであり、この円安下では他の国と比して大幅なコスト増を甘受しなければなりません。その場合、日本国内でのEVの普及だけでなく、海外市場での日本企業のEV販売の苦戦が想定されます。日本政府がEVの普及に向けて現状の助成制度を拡大または維持できるのかも課題です。
一方、HEVやPHEVによる脱炭素燃料の使用による脱炭素化については、脱炭素燃料の開発、普及はEVバッテリーの課題解決よりも困難であるように感じられました。これまで進めてきたガソリンにバイオエタノールを混合したE3、E10の普及も進んでおらず、脱炭素化燃料の開発・普及の方針案は描かれていますが、政府から国民に向けた意思表示は今のところありません。
近年になって日本政府による各種の開発方針、資金の準備が進められていますが、これは始まったばかりととらえてよいでしょう。これまでバイオ燃料、合成燃料はガソリンの使用をベースにしてそれを補完する役割でしかなかったといえます。そのため、これらの脱炭素燃料を中心にモビリティの走行を実現するという発想の転換をしなければ、これらの開発、普及も進まないのではないかと思われます。
これまでの脱炭素燃料の開発は、低コストであるガソリンなどの化石燃料系の燃料との競争力が求められてきました。化石燃料のコストも様々な事情から近年大きく上昇しています。そのため、脱炭素燃料のコスト目標は脱炭素化に向けた目標として新たに設定し直し、年度ごとの段階的な実用化目標を設定して開発、普及させていくことが必要と思われます。
これらを要約すると、日本のEVに関する普及の状況と脱炭素燃料の開発・普及の状況に政策の不一致、または乖離が見られると言わざるをえません。日本のEVはほとんどがHEVであるのに、カーボンニュートラルに向けて脱炭素燃料への移行がほとんど進んでいないからです。遅まきながら提案されている政策が現状では資源エネルギー庁でのビジョンの提示といった段階であり、今後は政府の具体的な目標として提示していく必要があります。
そこで、次回は日本と世界のモビリティの脱炭素化の道筋を、関連団体や政策決定者がどのようにとらえているかに焦点を絞って検討していきます。
<参考文献>
1) 国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構:車載用蓄電池分野の技術戦略策定に向けて、2015年10月
2) 吉野彰:電池が起こすエネルギー革命、NHK出版、2017年
3) Dongguan Large Electronics Co., LTD:公式Webサイト、リチウムイオン電池カスタマイズ専門企業、2022年10月30日閲覧、https://es.large.net
4) 経済産業省:「次世代蓄電池・次世代モータの開発」プロジェクトに関する研究開発・社会実装の方向性、第3回 産業構造審議会 グリーンイノベーションプロジェクト部会 産業構造転換分野ワーキンググループ、資料2、2021年7月
5) 石黒恭生:次世代電池ーノーベル賞受賞液系リチウムイオン電池を将来へつなぐ全固体電池、学術の動向、2020年2月
6) 資源エネルギー庁:クリーンエネルギー戦略 中間整理、2022年5月19日
7) 一般社団法人 電池サプライチェーン協議会:公式Webサイト、https://www.basc-j.com
8) 木許正弘:EV の挑戦と死角~PartⅡ~~資源リスクがもたらすサプライチェーンへの影響~、ENEOS総研株式会社、研究レポート、2022年8月22日
9)CN2燃料の普及を考える会:図解でわかるカーボンニュートラル燃料、技術評論社、2022年6月3日
10)資源エネルギー庁:公式Webサイト、エンジン車でも脱炭素?グリーンな液体燃料「合成燃料」とは、2021年7月5日
11)経済産業省:カーボンリサイクル技術ロードマップ改訂版、2021年7月
12)IATA(International Air Transport Association):公式Webサイト、2021年プレスリリースNo.66、https://www.iata.org/en/pressroom/2021-releases/2021-10-04-03/