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乗用車(5)-脱炭素化の道筋

 モビリティの脱炭素化は、グローバルにはパリ協定締結後に電動化への動きが加速しています。エネルギー使用の脱炭素化においては、一般的に先進国と新興、途上国との間にギャップはありますが、日本としては先進国の一員として率先してモビリティの脱炭素化を進めていかなくてはなりません。

 これまで、日本の自動車産業は世界をリードする産業でした。現在でも世界の乗用車の販売台数でトヨタ、スズキ、ホンダがベストテンにランクインしています(2021年)。そのため、日本の自動車産業の製造品出荷額は60兆円であり、この出荷額は日本の全製造業の18%に相当します。さらに、輸出額は14.7兆円であり、これも全産業の18%を占めており、またそれを支える就業者も550万人に上ります1)

 このように日本において自動車産業は極めて重要な産業であり、国際競争力が最も強い業種と言って良いでしょう。この最強の産業が100年に一度の変革期に来ていると言われています2)。それは、モビリティの電動化であり、EVのセールスにおいて中国、欧州、米国のメーカーが日本メーカーを陵駕しつつあるからです。

 前回までの報告で、世界では自動車の脱炭素化に向けて電動化が加速しており、EV販売の中心はBEVであることを示してきました(「乗用車(2)-脱炭素化の世界動向」を参照ください)。これに対して日本ではモーターとエンジンで走るHEVが普及の中心でした。これらのEVの種類別にライフサイクル全体における二酸化炭素排出量の傾向を把握したところ、BEVに搭載するバッテリーの容量と充電する電気の炭素強度によってその優位性は変わることが分かりました(「乗用車(3)-車種別のライフサイクルアセスメント」を参照ください)。

 そして、バッテリーの技術開発によりその性能が向上して小型軽量化が進みつつあり、電力の炭素強度が低下していく将来はBEVが脱炭素に近づくこと、他方HEVでは脱炭素燃料を使用することが前提となるということが分かりました。そして、バッテリーの製造に必須な希少金属のサプライチェーンを確保することが重要ですが、日本はそれが後手に回っており、脱炭素燃料の普及も進んでいないことが分かりました(「乗用車(4)-EVバッテリーと燃料の脱炭素化」を参照ください)。

 このままの状況で、日本の自動車産業が世界のトップを走り続けることができるのか、輸出額を維持し550万人の就業者を雇用し続けることができるのか、非常に懸念される状況にあります。日本の自動車業界の幹部が深刻な危機感を持っていることは想像に難くありません。

 日本が取ってきたEVに関する方針でモビリティの脱炭素化が達成できるのかを、世界中の人たちが興味を持って見ていると考えられます。その脱炭素化の道筋を示せなければ、グローバルの競争に打ち勝つことはできないでしょう。そこで、今回は日本の自動車産業がどのようにモビリティの脱炭素化の道筋を描いているのかを示したいと思います。

 なお、ここで使われる自動車に関する略語の意味は以下の通りです。

EVElectric vehicle電気自動車一般を指す
BEVBattery electric vehicle電気のみで走行する自動車
HEVHybrid electric vehicle電気と燃料で走行するハイブリッド車。燃料が主体で電気は補助
PHEVPlug-in Hybrid electric vehicle充電が可能な電気と燃料で走行するプラグインハイブリッド車
FCVFuel cell vehicle燃料電池自動車
ICEInternal combustion engine内燃機関自動車のことで、燃料で走る自動車

日本におけるモビリティの脱炭素化の道筋

(1)将来シナリオの設定

 日本自動車工業会(以降、自工会と略称します)は2022年9月に2050年までのカーボンニュートラルに向けたシナリオ分析を公表しました3)。ここではこの資料をもとに分析を進めます。タイトルにも示された通りこの分析は、2050年カーボンニュートラルを実現するための選択肢(シナリオ)を示し、そのシナリオに基づく施策等を実施した場合の二酸化炭素排出量を算定したものです。

 シナリオ分析における将来人口やGDPなどの基本的な指標は社会経済モデルで予測されます。シナリオ分析の前提条件は、新車販売・保有、電源・燃料構成、新車燃費等であり、想定シナリオ別にパラメータを設定しています。ただし、パラメータの詳細な記述は少ないため、記載されたグラフや設定条件から推計することになります。

 自工会のシナリオ分析は世界全体を対象にしています。下表は各シナリオの世界全体、先進国、新興国別の乗用車の新車販売におけるBEV、FCVと脱炭素燃料(CN燃料、CNはカーボンニュートラルの略です)の普及の状況を示しています。

表-1 想定シナリオおよびパラメータ(世界モデル)

2050年における想定乗用車BEV・FCV比率(新車)CN燃料供給量
 /シナリオ名 世界全体 先進国 注3)新興国 注4)(2020年化石燃料消費量比)注5)
シナリオ0 BAU 注1)BAU
シナリオ1
CN燃料積極活用/CNF
40%50%25%約30%程度
シナリオ 2
電動化積極推進/BEV75
75%100%50%約20%程度
シナリオ3
完全BEV・FCV化/NZE
(IEA-NZEがベース)注2)
100%100%100%7%
(バイオ燃料のみ)
注1)BAU: “Business as usual”、注2)IEA: International Energy Agency; NZE: “Net Zero Emissions by 2050”
注3)先進国:日本、欧州先進国、北米他、注4)新興国:インド、ASEAN、アフリカ他
注5)エネルギー経済研究所の予測値
出所)日本自動車工業会:2050年カーボンニュートラルに向けたシナリオ分析、2022年 9 月

 シナリオはシナリオ0を含めて4つあり、シナリオ0は傾向推移(比較対象)で略称はBAU、シナリオ1はCN燃料活用型でCNF、シナリオ2は電動化積極推進型でBEV75、シナリオ3は完全BEV・FCV型でNZEです。シナリオ3のNZEはIEA(国際エネルギー機関)が2050年にカーボンニュートラルを実現するために示したネットゼロ(Net zero energy)のシナリオに合致したものです。

 シナリオCNFは2050年の日本を含む先進国で新車販売の50%がBEV・FCVとなり、CN燃料が2020年の化石燃料消費量比で約30%となるということを仮定しています。またシナリオBEV75は同じく先進国で新車販売の100%がBEV・FCVとなり、CN燃料が2020年の化石燃料消費量比で約20%です(全世界でBEV・FCVが75%のためBEV75としています)。さらにシナリオNZEは全世界で新車販売の100%がBEV・FCVとなり、CN燃料が2020年の化石燃料消費量比で約7%です。

 日本におけるシナリオの特徴をさらに詳細に示すと下表のようになります。以下、それぞれのシナリオの内容と根拠について説明します。

表-2 日本の2050年カーボンニュートラルにおけるシナリオ

シナリオ名    特    徴
全シナリオ
共通
市場動向• 全車が新車販売・保有ともに緩やかな減少
電源構成• 多様なクリーンエネルギーの増加+CCSによりほぼ脱炭素化
CNF電動車の普及• 新車販売は、乗用で約半分がPHEVとなることを含め、全車種でそれぞれ電動化シェアがほぼ100%
• 保有は四輪のBEV/FCEVシェアが約4割
燃料構成• CN燃料(合成燃料・バイオ燃料)+電力+水素で8割以上
• CN燃料は2020年燃料総量の約2割
BEV75電動車の普及• 新車販売は全車種でBEV/FCEVシェアが100%
• 保有は四輪のBEV/FCEVシェアが約7割
燃料構成• CN燃料(合成燃料・バイオ燃料)+電力+水素で9割以上
• CN燃料は2020年燃料総量の15%
NZE電動車の普及• 新車販売では全車種でBEV/FCEVシェアが100%
• 保有は四輪のBEV/FCEVシェアが約9割
燃料構成• バイオ燃料+電力+水素で8割弱(合成燃料0想定)
• バイオ燃料は2020年燃料総量の3%
出所)日本自動車工業会:2050年カーボンニュートラルに向けたシナリオ分析、2022年 9 月

(2)電源構成

 電源構成は2050年にはほぼ脱炭素化(再生可能エネルギー及び原子力により)していると仮定しています。その結果、消費電力量当りの二酸化炭素排出量も2050年にはゼロとなります(下図参照)。2030年の電源構成は第6次エネルギー基本計画の目標値に基づいています。

(3)乗用車の販売台数、保有台数

 表-2に示したように、各シナリオでは2050年の新車販売台数と保有台数を設定しています。販売台数、保有台数は社会経済的モデルを用いた予測によって、ともに将来的には減少していきます。

 まず、乗用車の新車販売台数の推移を下図に示します(車種は乗用車、商用車、二輪車の3種ありますが、ここでは乗用車のみを示します)。シナリオCNFは2030年ではHEVが多くを占めていますが、「BEV/FCV+PHEV」は2040年で半数を超え、2050年で100%に達します。ただし、BEV/FCVとPHEVは2050年でも半々の割合です。

 一方、シナリオBEV75は2030年には「BEV/FCV+PHEV」とHEVは同程度になり、2050年には全てBEV/FCVになります。シナリオNZEはさらにBEV/FCVの保有が進み、2030年で既に半数以上を占め、2040年では8割を越え、2050年で全てBEV/FCVになります。

シナリオ別の乗用車の新車販売台数(単位:千台)

 次に、各シナリオ別の乗用車の保有台数の推移を下図に示します。シナリオCNFは2030年、2040年でもHEVが多くを占めており、2050年で全て電動車(BEV/FCV、PHEV、HEV)になります。ただし、BEV/FCV、PHEV、HEVは2050年でもほぼ同程度の割合です

シナリオ別の乗用車の保有台数 (単位:千台)

 一方、シナリオBEV75は2030年には「BEV/FCV+PHEV」とHEVは同程度になり、2050年には8割程度になります。シナリオNZEはさらにBEV/FCVの保有が進み、2040年で半数以上を占め、2050年でほとんどBEV/FCVになります。

(4)燃料構成

 燃料構成については、表-2ではシナリオCNFのCN燃料は2020年の化石燃料消費量比20%です。表-1に示した約30%は世界平均の値であるため異なっています。これは、先進国の新車販売のBEV/FCVが50%に対して、世界全体ではそれが40%であるため、CN燃料の使用量も異なるためです。同様の理由で、シナリオBEV75はCN燃料が15%(表-1では約2割)、シナリオNZEはバイオ燃料が3%(表-1では7%)です。

 シナリオ別の燃料構成の推移を示したものが下図です。シナリオCNFはCN燃料の使用を前提としているため、2050年の合成燃料とバイオ燃料が電力に比して多くなっています。一方、シナリオBEV75はやや電力の割合が多く、シナリオNZEはバイオ燃料3%のみでほぼ全てを電力が賄っています。

シナリオ別の燃料構成 (単位:ktoe)注)toeは石油換算トン

 CN燃料の供給量は、エネルギー経済研究所の知見に基づき算定しています。自工会としても以下のような推計を行い、ほぼ同水準の供給可能性があることを確認したとのことです。

① 合成燃料供給量
 国際航空輸送協会(IATA)が2050年ネットゼロ宣言を総会で決議しており、2050年に持続可能な航空燃料(SAF)が、4,490億リットル必要と推計しており、その1/3~1/2程度をFT合成で製造すると仮定し、最も一般的なSchulz-Flory分布から、航空燃料が多くなる得率で生産される副生産物としてのガソリン、ディーゼル量を推計した。SAFについては「乗用車(4)-EVバッテリーと燃料の脱炭素化」を参照ください。

 e-fuelは、航空2050年ネットゼロのために精製されるジェット燃料の副生産物であるため、2050年CI=ゼロと想定することは、他の将来推計と比べて大きな問題はないと確認。 

② バイオ燃料供給量
 IEAのETP想定等から推計量を確認し、コーンエタノールの米国業界団体が2050年CI=0を宣言し、大統領に公開書簡を出していることから、同様に2050年CI=ゼロと想定することは、他の将来推計と比べて大きな問題はないと確認。 

(5)燃費・電費

 上の燃料の図において、BAUに比べて燃料及び電力量が少ないのは、将来は燃費と電費が向上すると仮定しているからです。燃費と電費のシナリオ設定は以下の通りです。ただし、その詳細は自工会資料からは把握できません。

<2010 年~2020 年までの向上率算出方法>
・ICE/HEV :トップランナー 5 モデルの平均値(車両重量 1300kg±100kg)
・PHEV :トップランナー 2 モデルの平均値
・BEV :トップランナーのフルモデルチェンジ前後の電費差

<2030年以降の向上算定方法>
 2030年度の乗用車燃費基準検討時に第三者が実施した 各社の技術進化に関するアンケートの平均化された結果を基に、トップランナーからの 将来燃費 電費改善の度合を見積もった。

・ICEは 2030 年 、 HEV/PHEV は 2035 年まで燃費が向上するとした。
・BEVは 2050 年まで電費が向上するとした。
・FCV 販売モデルが少ないことから現時点の燃費値を2050年まで維持するとした(152km/kg)。

(6)シナリオ分析の結果

 以上のシナリオ毎の将来設定値の下で二酸化炭素排出量を算定した結果を下図に示します。この結果を見ると、二酸化炭素排出量はいずれのシナリオも、非常に大きな削減率となっています。

注)縦軸の単位はkt-CO2

 具体的には、シナリオCNFは2020年比約95%減、シナリオBEV75は2020年比約96%減、シナリオNZEは2020年比約94%減です。また、2050年に至る途中における二酸化炭素排出量はシナリオNZEが最も少ないことが分かります。

表-3 シナリオ別の2050年二酸化炭素排出削減量

シナリオ名2050年の二酸化炭素排出削減量(2020年比)
CNF• 直接・排出量共に減少、2020年比約95%減
BEV75• 直接・排出量共に減少、2020年比約96%減
NZE• 直接・排出量共に減少、2020年比約94%減
出所)日本自動車工業会:2050年カーボンニュートラルに向けたシナリオ分析、2022年 9 月

 自工会の分析では世界全体を対象としたシナリオ分析も行っています。表-1に示した世界全体のシナリオを用いた2050年の予測結果は、3つのシナリオ共に IPCC の 1.5℃ 削減目標に沿った削減が可能であると結論しています(下図)。

注)縦軸の単位はkt-CO2

 この結果より、日本の自動車産業において最も導入の可能性が高いCNFシナリオにおいても十分にカーボンニュートラルが可能であることが分かりました。これまで、日本が進めてきたEVの普及方針に沿ってCN燃料を使うことで2050年でのHEV、PHEV、BEV/FCVが同程度の構成でも、カーボンニュートラルを実現できるということです。

シナリオ分析結果の評価・検証

 自工会のシナリオ分析は、初めに示したように設定したシナリオの客観的な定量化を試みたものです。シナリオの実現性は今後の政府やメーカーが行う施策に依存するものです。施策が適切でなければ今回設定したシナリオとは全く異なる結果になる可能性があります。

 シナリオ分析であるということは、必ずしもそうなることを予想しているわけではありません。2050年のカーボンニュートラルの目標の実現に向けてどのような方策が必要かを分析するものです。しかし、単に分析してみましたというだけに終わらせないために、ここではシナリオの実施可能性あるいは困難性を検討し、その実現に向けての課題について整理してみたいと思います。

 まず、設定された3種のシナリオのうち、BEV75及びNZEはBEV/FCVの導入割合が高いケースであり、EVバッテリーの資源調達等の状況からかなり難しいシナリオと言えます。自工会もCN燃料の導入可能性を詳しく記載していることから、シナリオCNFが有望なシナリオと想定していると判断します。そのため、ここではシナリオCNFを基に検討していきます。

 このシナリオは乗用車の駆動エネルギーを電気とCN燃料の2つに分担させるものです。電気だけを使用する場合のエネルギー源の集中を防ぎガソリンスタンドなどの既存のインフラを活用するという利点があるシナリオです。

 以下ではシナリオ分析のシナリオの実現性について、評価し検証していきます。そのまとめを下表に示します。下表にはシナリオ項目別にシナリオの設定値(2030年、2050年)、シナリオ項目の現在の状態、そして実現性と課題を示しています。なお、シナリオの値については、自工会の資料では詳細が分からないため、グラフにある数値を読み取って設定しています。

表-4 シナリオ分析結果の評価・検証

    シナリオ項目      シナリオ設定値   現況      実現性・課題
2030年2050年 2020年
電源構成
(%)
化石電源  410762030年における非化石電源(59%)のうち原子力(20%)の復活が困難か。2050年の非化石電源100%は、電力供給事業者の脱炭素化の施策が進むことで実現が可能となる。
非化石電源 5910024
車種別新車
販売割合
(%)
ICE80562030年におけるPHEV、BEVをそれぞれ10%にするためにはEVバッテリーの低価格化、航続距離、電池寿命、充電速度を改善することが必要。全固体電池が2020年後半から普及することが条件。メーカーの情報では、その可能性についてアナウンスされているが、不確実性が高い。2050年のPHEV48%、BEV/FCV52%はEVバッテリーの生産に必要な希少金属の調達が条件となる。
HEV72042.6
PHEV10480.7
BEV/FCV10520.7
CN燃料
(2020年
化石燃料比)
(%)
化石燃料 8551002030年の化石燃料85%、電力の1%(2020年の化石燃料比、石油換算kt)は可能。2050年にバイオ燃料、合成燃料を26%にするには、今後の技術開発、普及施策に依存する。多業種が技術を結集したGI基金事業の商用化に期待。なお、自工会はバイオジェット燃料(SAF)の副産物を利用することで、必要な需要量を確保可能と試算している。
水素ほぼ01ほぼ0
バイオ燃料ほぼ07ほぼ0
合成燃料ほぼ014ほぼ0
(電力)112ほぼ0
燃費・電費
ICE,HEV(%)
FCV(km/kg)
ICE25.425.420.3これまで燃費の向上は日本メーカーが最も得意としており、技術の向上によりシナリオの燃費は達成可能と考えらる。
HEV27.429.822.6
PHEV/BEV
FCV152152152
注1)現況の数値は以下による。
・電源構成:第6次エネルギー基本計画の現況値
・車種別新車販売台数:日本自動車工業会、日本の自動車工業2022
・CN燃料の2020年化石燃料比:本シナリオ分析のグラフより読み取り
・燃費・電費:ICEは省エネ基準2020年目標値、HEVは現在販売されている車両のカタログ値の平均値
       FCVは152km/kgで現況、2030年、2050年ともに同値(シナリオ通り)
注2)2030年シナリオ
・電源構成:第6次エネルギー基本計画の2030年目標値
・車種別新車販売台数、CN燃料の2020年化石燃料比:本シナリオ分析のグラフより読み取り
・燃費・電費:ICEは省エネ基準2030年目標値、HEVは10年前のカタログ値の増加量より2030年値推計。
注3)2050年シナリオ
・電源構成:カーボンニュートラルを前提とした化石燃料=0を仮定。
・車種別新車販売台数、CN燃料の2020年化石燃料比:本シナリオ分析のグラフより読み取り
・燃費・電費:ICEはシナリオ通り2030年以降不変。HEVは10年前のカタログ値の増加量より2050年値推計。
出所)日本自動車工業会:2050年カーボンニュートラルに向けたシナリオ分析、2022年 9 月

(1)電源構成

 2030年の電源構成は、第6次エネルギー基本計画に示された2030年目標値を採用しているようです。この目標値については、再エネ36~38%、原子力20~22%、水素・アンモニア1%とされており、非化石電源は59%です。一方、現状の電源構成は化石電源が76%、非化石電源が24%であり、原子力は6%にとどまっています。

 2030年においては、再生可能エネルギーの普及が進んでも原子力の割合が20%を達成することが難しいと言われており、2030年における非化石電源の41%は難しい状況です。一方、2050年の電源の脱炭素化については、電力事業者が様々な対策を準備してエネルギー脱炭素化を目指しており、不可能ではないと思われます。

 電力事業者によっては、JERA、J-POWERや関西電力のように自らカーボンニュートラルを宣言している企業もあり、2050年に向けてその動きは加速していくものと思われます。J-Powerが分析を行った2050年における日本の電源構成を下図に示します4)

 日本の実情からは左図の電源構成が有望なシナリオとし、その内訳は再生可能エネルギーが約6割、原子力約2割、水素・アンモニアと火力+CCUSで約2割という構成です。リスクはあるものの、収益を維持して2050年のカーボンニュートラルを達成できるとしています。

(2)車種別の新車販売割合

 自工会の統計データには車種別の保有台数は掲載されていません。そのため、ここではシナリオの新車販売台数を把握します。自工会のシナリオ設定では、2030年にICEが8%、HEVが72%、PHEVとBEV/FCV でそれぞれ10%としています。一方、現況はICEが56%、HEVが42.6%で、PHEVとBEV/FCV でそれぞれ0.7%です。

 日本においてはEVのうちHEVの割合が大きく、2030年までにPHEVとBEV/FCVをそれぞれ10%まで増加させられるかどうかは、EVバッテリーの性能と価格にかかっていると言えます。普及を進めるためには、車両の低価格化、航続距離、電池寿命、充電速度を改善することが必要です。現在普及しているLIB(リチウムイオン電池)ではその要求に応えられないため、全固体電池の登場が待たれます。これは前回の報告では2030年代に普及するとされていました(「乗用車(4)-EVバッテリーと燃料の脱炭素化」を参照ください)。

 メーカーの情報として、トヨタは2020年代前半に全固体電池の実用化をアナウンスしており、2020年代後半に流通する可能性はあります。またホンダも公式Webサイトで「約430億円を投じて2024年春に実証ラインを立ち上げ、2020年代後半には全固体電池を搭載したEVを発売する目標」を掲げています5)

 そのため、シナリオCNFの2030年からのBEV、PHEVの本格的な普及に間に合う可能性もあります。このシナリオでは、新車販売にBEV、PHEV、HEVをバランスよく生産することができるため、バッテリーの原料となる希少金属の量を抑えた車両を製造していくことも可能であり、希少金属の価格上昇に対して車両の大幅な価格上昇を抑制できる可能性があります。

(3)CN燃料

 2050年まで燃料を使うHEV、PHEVの普及を前提としていることから、燃料の脱炭素化が必要になります。また、2050年においてもPHEVが半数程度残るため、2050年でもCN燃料が使用されます。現在のCN燃料の使用はほとんどゼロと言っても良い状況であり、これをどのように転換していくかが課題です。

 自工会では現況から2030年までのCN燃料の普及はごくわずかであり、2040年から増加させ、2050年にバイオ燃料7%、合成燃料14%(電気12%、化石燃料5%はCCSによりゼロカーボン)とする予定です。

 このようなCN燃料が生産、販売できるかどうかですが、日本石油連盟では2022年7月に「石油業界のカーボンニュートラルに向けたビジョン(目指す姿)」を、同年10月に「カーボンニュートラル(CN)燃料の導入・普及に向けて(提言)」をまとめています6)7)

 これによれば、業界として事業活動に伴う二酸化炭素排出量の実質ゼロを目指すとし、CCS・CCUなどのカーボンリサイクル、合成燃料e-fuelなどの革新的技術開発・実用化など、供給する製品の低炭素化等に取り組むとしています。

 近年、政府はGI(グリーンイノベーション)基金事業を創設しました。これは、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)に2兆円の基金を造成し、官民で野心的かつ具体的な目標を共有した上で、これに経営課題として取り組む企業等に対して、10年間、研究開発・実証から社会実装までを継続して支援するものです8)。その採択された合成燃料に関する基金事業は以下の通りです。また、そのタイムテーブルは下図の通りです。

●CO2 からの合成反応を用いた高効率な液体燃料製造技術の開発:ENEOS株式会社
●乗用車および重量車の合成燃料利用効率の向上とその背反事象の改善に関する技術開発:自動車用内燃機関技術研究組合(AICE)

出所)石油連盟:カーボンニュートラル(CN)燃料の導入・普及に向けた提言、2022年10月

 上図に示すように、合成燃料の本格的な導入は2040年以降になります。合成燃料は再エネから作られた水素と大気中の二酸化炭素から製造されるため、バイオマス燃料のように原料の不足が起きにくいという利点はあります。

 合成燃料のコストを試算した結果を下表に示します9)。この試算は、CO2フリーの水素と回収されたCO2から製造した場合のコストです。CO2フリーの水素製造に脱炭素化した電気を使用するため水素価格が高額になり、国内製造の水素を使用する場合の合成燃料のコストは700円/L、海外で製造して輸送する場合は300円/Lです。

 この相違は、国内の電気料金が高額なためです。海外で製造の場合は水力発電などの安価な脱炭素化電力を使用することを想定しています。政府が目標とする2050年の水素価格20円/m3を想定すると、合成燃料のコストは200円/Lになると想定されています。将来の技術開発によりコストを下げていくことが必要です。

表-5 合成燃料のコスト(現状の試算値)

水素価格コスト(円/L)
(円/Nm3 水素 二酸化炭素 製造  合計 
国内製造1006343233約700
海外製造32.92093233約300
2050年目標201273233約200
注)数値はNEDO報告書「CO2からの液体燃料製造技術に関する開発シーズ発掘のための調査 (2020.8) 」より引用
・合成燃料1L当り水素投入量:6.34Nm3/L、CO2投入量:5.47kg/Lと仮定。
・国内の水素価格 100円/Nm3(現在)、20円/Nm3(将来)は水素基本戦略より引用。海外の水素価格32.9円/Nm3、 水素輸送コスト14.65円/Nm3は同上報告書より引用。
・CO2回収コスト5.91円/kgは、発電所・工場等から排出されるCO2を化学反応法により回収したコストとして、同上報告書より引用。
・製造コストは、同上報告書の数値を参考に、逆シフト反応設備・FT合成設備のコストに保守・人件費を加えて試算。
出所)合成燃料研究会:合成燃料研究会中間取りまとめ、2021年4月

 なお、自工会が副産物としてのCN燃料の生産を想定したバイオジェット燃料(SAF)の製造に関する技術開発については、以下の事業が行われています。このうち、前者は既にASTM D7566の認証を受けており、JAL及びANAの定期便に燃料を提供しています。

●バイオジェット燃料生産技術開発事業:
 木くずを原料とした燃料製造(FT合成):三菱パワー、JERA、TEC、JAXA(共同開発)
 微細藻類を対象とした燃料製造(水素化精製):IHI
●最先端のATJ(Alcohol to Jet)プロセス技術を用いた ATJ 実証設備の開発と展開:出光興産株式会社

 バイオジェット燃料を製造するガス化FT合成などの技術では、炭素数の異なる炭化水素の混合物としてFT 合成油が製造されるため、ジェット燃料以外の燃料も製造されるようです10)。自工会が想定しているように、バイオジェット燃料の副産物から合成燃料を製造することも可能であると考えられます。

 このように、異業種が共同してCN燃料の製造のための技術開発を進めており、GI基金事業等を活用した様々なプロジェクトによる実用化が進んでいくものと思われます。2020年に首相のカーボンニュートラル宣言が行われてからわずか2年でこのようなプロジェクトが立ち上がっているため、このシナリオCNFが実現する可能性もあると考えられます。

(4) 燃費・電費

 燃費と電費の向上は純粋に技術的な課題であり、これまで燃費の改善を着実に実施してきた日本の自動車産業にとって最も確実性があると言っても良いと思われます。既に、HEVのトップランナーの燃費(36km/L)はHEVの平均値(22.6km/L)を大きく上回っています。自工会が設定した燃費と電費の目標を達成することは難しくないと言っても良いと思われます。

おわりに

 これまで5回にわたってモビリティの脱炭素化を検討してきました。今回で一旦終わりにしたいと思います。今回の最後の節は「まとめ」ではなく、「おわりに」です。まとめとしての結論が書きにくいためです。

 自工会のシナリオ分析では、シナリオCNFによってBEVだけでなく、HEV、PHEVも含めた乗用車の電動化を行ってもカーボンニュートラルに近づくという結果でした。しかし、その前提はCN燃料の普及が大前提であり、CN燃料の技術開発は今始まったばかりです。今回調べた文献では、合成燃料のコストはかなり高額でした。

 合成燃料製造の有望な技術であるガス化FT合成は、CO2フリーの水素と回収CO2を用いて製造されます。水素製造には電気を使用しますが、国内の電気は脱炭素化されておらず、料金も高いため水素製造コストが高額で、燃料コストも高くなっていました。政府が目標とする2050年の水素価格20円/m3では合成燃料を200円/Lまで低減できるようです。

 価格の問題に加えて、合成燃料は燃料の性能(燃料密度等)や輸入・流通網の整備状況、製造技術の信頼性・安定性、ガソリンスタンドなどのインフラの状況などについて、不確実性が大きすぎるというのが現実です。

 2050年のカーボンニュートラルという目標は人類にとって極めてチャレンジングな課題であり、これを克服できるかどうかはこれからの努力にかかっています。今回の自工会の3つのシナリオはどれをとっても困難な道筋ですので、これから人口が減少し、経済規模が縮小する日本にとっては、既存のインフラを活用した低コストの対策を選択するのが最も賢い方法と思われます。

 今回の検討により、日本の全産業を挙げてモビリティのCN燃料の開発・普及に取り組む姿勢を見ることができましたので、今後その進捗を見守りたいと思います。

<参考文献>
1) 日本自動車工業会:公式Webサイト、日本の自動車工業2022
2) 井熊均、他:脱炭素で変わる世界経済―ゼロカーボノミクス、日経BP、2021年11月
3) 日本自動車工業会:2050年カーボンニュートラルに向けたシナリオ分析、2022年 9 月
4) J-POWERグループ:公式Webサイト、総合報告書、気候変動シナリオ分析、https://www.jpower.co.jp/ir/pdf/rep2022/22_12.pdf
5) ホンダ:公式Webサイト、Honda Stories、全固体電池への挑戦、https://www.honda.co.jp/stories/037/
6) 石油連盟:公式Webサイト、環境への取り組み、石油業界のカーボンニュートラルに向けたビジョン(目指す姿)、2022年7月http://www.paj.gr.jp/environ/carbon_neutral
7) 石油連盟:公式Webサイト、環境への取り組み、カーボンニュートラル(CN)燃料の導入・普及に向けた提言について、2022年10月、http://www.paj.gr.jp/news/478
8) 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO):公式Webサイト、グリーンイノベーション基金事業、https://www.nedo.go.jp/activities/green-innovation.html
9) 合成燃料研究会:合成燃料研究会中間取りまとめ、経済産業省公式Webサイト、2021年4月
https://www.meti.go.jp/shingikai/energy_environment/gosei_nenryo/pdf/20210422_1.pdf
10)新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO):次世代バイオ燃料(バイオジェット燃料)分野の技術戦略策定に向けて、技術戦略研究センターレポートVol.37、2020年7月