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乗用車(6)-見えてきた、トヨタのEVバッテリー戦略

 乗用車のEV化は地球温暖化防止のみならず、大気汚染防止などの環境汚染対策としても有効です。しかし、ガソリン車に乗り慣れた人にとってはEVの基本的な性能に懐疑的な人も多いと思われます。それはEVの駆動装置であるモーターに電気を供給するバッテリー(蓄電池)に関する不安です。

 すなわち、現在の蓄電池は安全性、航続距離、充電時間、電池の寿命、販売価格、リセール価値などにおける課題を解決できていないと考えるためです。そのため、ガソリン車に慣れた日本の市場を満足させる乗用車の提供のために、日本のメーカーはEVの販売に慎重な態度をとってきました(ここでのEVとはHEVを除いたBEVとPHEVを指します)。

 しかし、世界のEVの販売台数の急増には目を見張るものがあります(以下の数字は2022年の新車販売台数)。米国のEVの販売台数は93万台、全車種の6.7%を占めています。また、EU26か国のEVの販売数は200万台であり、全車種の22%を占めています。さらに、中国のEVの販売台数は689万台、全車種の25.6%を占めています1)

 これに対して日本のEVの販売台数は7万台であり、全車種の3%に過ぎません(日本の統計は乗用車のみであり、軽自動車、小型トラックは含みません)。これは、日本の乗用車の電動化がHEV(ハイブリッド車)に特化しているからです。HEVの販売台数は109万台で全体の半分を占めています。

 このように米国、EU、中国のEV化が進む中で世界をマーケットにしている日本の自動車メーカーは今後どのような戦略をとろうとしているのでしょうか。2023年10月末に行われた「Japan mobility show 2023」においても、EVを中心とした新車種を展示し、その取り組みをアピールしている企業が多くありました。

 2023年6月にトヨタがEVへの新たな取り組み方針を公開し、さらに10月に出光興産との全固体電池の生産に関する協業を発表したことを受けて、次第にその戦略が見えてきました。そこで、今回は日本の自動車メーカーのうちトヨタのEVへの取り組み、特にEV用蓄電池の開発と実装戦略を整理しましたので、報告します。

<本報告のコンテンツ>

EV用蓄電池の課題
(1)EV用蓄電池に求められる要件
(2)全固体電池の導入による効果

トヨタのEV用蓄電池の開発
(1)トヨタの全方位戦略
(2)公表されたEV用蓄電池の開発・実装戦略

課題の解決状況
(1)航続距離
(2)安全性
(3)寿命
(4)充電時間
(5)コスト

トヨタのEV戦略への期待と懸念

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EV用蓄電池の課題

(1)EV用蓄電池に求められる要件

 ガソリン車に慣れたユーザーはEVに対してもガソリン車と同等の性能を求めます。その性能とは、以下の項目が挙げられます2)

 ・航続距離
 ・安全性
 ・寿命
 ・充電時間

 さらに、ユーザーにとって最も重要な販売価格やリセール価値(中古車としての価値)も同様です。

 ・販売価格
 ・リセール価値

 現在のEV用蓄電池の航続距離は最大でも500〜600km程度です。航続距離は蓄電池の容量に依存します。現状での最大規模と思われる80kWhという大容量の蓄電池で平均電費6〜8km/kWhで計算した際の航続距離となります。しかし、エアコンを使用した場合や低気温ではこの電費が低下し、航続距離は短くなります。

※テスラとBYDは直近で公称700kmの航続距離のEVを販売していますが、充電時間が十分とれた場合の100%充電されたことを前提としたカタログ値です。

 一方、ガソリン車の場合はやや排気量の大きいセダンでは60~70L程度のタンク容量を持ち、燃費15km/Lとすると1,000km程度は走れることになります。コンパクトカーのタンク容量45L程度でも700km程度走ることができます。

 次に、安全性についてはEV用蓄電池に使われるリチウムイオン電池の液体電解質(有機溶媒)が可燃性であることから、その発火、燃焼に関する安全性が課題です。また、航続距離を増大させるために蓄電池を大型化させると、一層安全性への懸念が増大することになります。

 さらに、充電時間は普通充電で5~6時間、急速充電でも最速30分が限界です。日本においては急速充電機が少ないこともあり、待ち時間を含めるとさらに時間は長くなります。一方、ガソリン(ディーゼルも)の場合は5~10分で給油できます。

 電池の寿命については、リチウムイオン電池は時間の経過とともに容量が低下していきます。これは電解質中のイオンが副反応によって負極などに付着し、劣化していくためです。容量が70%を切った時を電池の寿命と判断すると、一般的には時間にして5〜8年程度、走行距離にして5万km〜10万km程度が目安とのことです3)。また、国内でEVを販売するメーカーの多くは、バッテリー容量(70%まで)を8年または16万kmまで保証しているという情報もあります4)

 1年で5万kmも走るユーザーの場合は2~3年で蓄電池の寿命が来ることになります。この蓄電池の残余容量はリセール価値にも影響を与えることが想定されます。乗用車の価格のうち蓄電池の価格は1/3を占める5)とも言われており、蓄電池の容量が低下した乗用車を売る時の価値は大きく低下すると考えられるためです。

 そして、EVの価格は依然としてガソリン車より高額です。テスラやBYDは価格の安いEVを販売していますが、日本製のEVはガソリン車の1.5倍から2倍程度です。なお、燃費(EVの場合は電費)や車両維持費についてはEVが安価3)であるとされていますので、トータルでどちらが有利かは使用条件などにより異なるものと思われます。

 このようなことから、日本ではEVの開発状況の様子を見ながら性能の向上と価格の低下の進展を待っているというのが実情と思われます。このような課題に対する根本的な対策として、全固体電池の開発があげられています。

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(2)全固体電池の導入による効果

 このリチウムイオン電池を搭載したEVの課題を解決すると言われているのが全固体電池です。全固体電池とは電解質を液体から固体に変え、正負極での高電圧、高容量の活物質を採用したリチウムイオン電池のことです。

 全固体電池の特徴を整理したものを図-1に示します2)。固体電解質の採用により液体電解質のリチウムイオン電池の課題である航続距離、安全性、寿命、充電時間の課題を解決できます。全固体電池の説明の詳細は後日に譲ることとして、今回は簡単な説明にとどめます。

 図-1に示すように、固体電解質により電池構造の自由度が上がり、安全機能の簡略化などにより電池のエネルギー密度を向上できます。エネルギー密度が向上すると容量の大きな電池を積むことができ、航続距離が向上します。

 また、電解質を固体(セラミック)にすることで不燃性となり、発火・燃焼などの恐れがなくなり安全性が向上します。

注)ハッチング部分は原著に追加したもの。
出所)高田和典編著、菅野了次、鈴木耕太:全固体電池入門、日刊工業新聞社、2019年2月
図-1 固体電解質の特性と全固体電池の長所

 さらに、固体電解質の単一イオン伝導という特徴(電解質にリチウムイオン以外のイオンが含まれない)により、副反応が抑制されて蓄電池が長寿命となり、リセール価値も向上することになります。さらに出力密度が高くなることは充電時間も短縮できるということです。

 残るのは高価格という問題ですが、全固体電池をどの程度の価格で提供できるかについては開発途上ということで、明らかにすることはできません。今回、トヨタの公表した資料では全固体電池の価格は示されませんでしたが、それに至るリチウムイオン電池の価格低下などが示されており、価格の大まかな達成目標が見えてきましたので、以下に報告します。

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トヨタのEV用蓄電池の開発

(1)トヨタの全方位戦略

 トヨタが2023年6月13日に公表した「電動化技術 – バッテリーEV革新技術」によると、その基本戦略は「電動化」、「知能化」、「多様化」の3つの柱となっています(電動車とはHEVを含むEV全般を指します)6)

 このトヨタの戦略のうち「多様化」は、エネルギーの多様化です。海外でEVの開発、普及が進む中で、トヨタは以下の全ての車種(ICE、HEV、PHEV、BEV、FCV)を展開しています(車種の意味については下のコラムを確認ください)。

EVElectric vehicle電気自動車一般を指す、電動車のこと
BEVBattery electric vehicle電気のみで走行する自動車
HEVHybrid electric vehicle電気と燃料で走行するハイブリッド車。燃料が主体で電気は補助
PHEVPlug-in Hybrid electric vehicle充電が可能な電気と燃料で走行するプラグインハイブリッド車
FCVFuel cell vehicle燃料電池自動車
ICEInternal combustion engine内燃機関自動車のことで、燃料で走る自動車

 この姿勢は、この発表がトヨタの電動化の説明でありながら、あえて企業の方針がEV化のみではない全方位戦略を示したことに表れています。これは、脱炭素化への過程において燃費の良いガソリン車やHEVも貢献できると認識しているからです。

 それは世界の市場では未だに化石燃料由来の電力を使用しており、その地域ではEVでも二酸化炭素排出削減には必ずしもつながらないからです。そして、脱炭素化のために水素エンジン車やCN車(バイオマス燃料や合成燃料などのカーボンニュートラル燃料を使用したエンジン車)も提供していきます。

 次に、「電動化」については上記のHEVも含めた全ての電動車を対象とし、さらに単にEVだけでなく燃料電池車(FCV)も電動車であり、水素を利用する電動化も含めていることを強調しています。

 さらに、「知能化」は先進の安全技術やマルチメディアをはじめ、時代の進化に合わせた機能を搭載すること、さらに地域の交通情報をもとに輸送効率を高める物流システムや、最適なエネルギーマネジメント進めます。そして安全対策に配慮した自動運転技術についても開発、実装していくとされています。

 トヨタが進めているのは単なるEV化ではなく、将来の脱炭素化に向けた二酸化炭素削減の闘いであり、いかにして自動車から排出されるトータルの(ライフサイクル全体の)二酸化炭素を減らすことができるかを模索していると言えます。

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(2)公表されたEV用蓄電池の開発・実装戦略

 ここでは、EV用の蓄電池の性能向上に関するとりまとめを目的としていますが、蓄電池の航続距離の達成に対しては、車にかかる空力の軽減化や車体の軽量化などとも関係しており、それについても記載します。

(a)蓄電池

 今回の発表(2023年6月公表資料)におけるEV戦略の下でのBEV用の蓄電池の開発、導入の方針は以下の通りです6)

 ・2026年以降に次世代BEV導入を目指し電池も新技術を駆使して進化させる。
 ・現在主流の液体電解質のリチウムイオン電池のエネルギー密度の向上(A)
 ・バイポーラ構造を採用して廉価な普及版とハイパフォーマンス型を開発(B、C)
 ・2027-2028年ころに期待の高い全固体電池をBEVに搭載して実用化する(D)

 トヨタの公表した3種の次世代電池と全固体電池の性能、コストをまとめると表-1の通りです。以下に蓄電池の種類別に説明します。

表-1 トヨタのEV電池の開発、実装計画

  蓄電池の種類形状構造正極提供時期航続距離コスト充電時間
現行bZ4X搭載蓄電池(X)角型モノポーラNCM系2022年615km注1100~30分
次世代
電池
A.パフォーマンス版角型モノポーラNCM系2026年Xの2倍注2Xの20減~20分
B.バイポーラ普及版新構造バイポーラLFP系2026-27年Xの20%増Xの40%減~30分
C.ハイパフォーマンス版新構造バイポーラNi系2027-28年Aの10%増Aの10%減~20分
全固体電池 D2027-28年Aの20%増
(50%増も)
精査中~10分
注1)bZ4Xはトヨタの現在の主力EV(公表のスペックでは蓄電池容量71.4kWh、航続距離は最大567km)
注2)空力や軽量化などの車両効率向上分を含む
注3)充電時間はSOC=10-80%を仮定、SOCとはStates Of Chargeの略で充電状態、充電率を意味する
出所)トヨタ:公式Webサイト、ニュースリリース、電動化技術 - バッテリーEV革新技術、2023年6月13日

A.次世代電池(パフォーマンス版)
・2026年までに航続距離1,000km注1を実現。その車両への搭載を目指し、性能にこだわった角形電池を開発中。
・電池のエネルギー密度を高めながら、空力や軽量化などの車両効率向上により航続距離を伸ばし、同時に、コストは現行bZ4X比で20%減、急速充電20分以下(SOC注2=10-80%)を目指す。

B.次世代電池(普及版)
・BEVの普及拡大に貢献する廉価な電池として、バイポーラ構造の電池をリチウムイオン電池に適用する。材料には安価なリン酸鉄リチウム(LFP)を採用し、2026-2027年の実用化を目標とする。
・現行bZ4X比で航続距離は20%向上注1、コスト40%減、急速充電30分以下(SOC注2=10-80%)を目指し、普及価格帯のBEVへの搭載を検討中

出所)トヨタ:公式Webサイト、ニュースリリース、電動化技術 – バッテリーEV革新技術
図-2 蓄電池におけるバイポーラ構造

C.バイポーラ型リチウムイオン電池(ハイパフォーマンス版)
・Bの普及版電池の開発と並行し、バイポーラ構造にハイニッケル正極を組み合わせ、さらなる進化を実現するハイパフォーマンスの電池も、2027-2028年の実用化にチャレンジ。
・Aのパフォーマンス版角形電池と比べても航続距離10%向上注1、コスト10%減、急速充電20分以下(SOC注2=10-80%)を達成する圧倒的性能を実現。

D.全固体電池
課題であった電池の耐久性を克服する技術的ブレイクスルーを発見したため、従来のHEVへの導入を見直し、期待の高まるBEV用電池として開発を加速。
・現在量産に向けた工法を開発中で、2027-2028年の実用化にチャレンジ
・Aのパフォーマンス版角形電池と比べても航続距離20%向上注1、コストは精査中も、急速充電は10分以下(SOC注2=10-80%)を目指す。
・将来を見据えもう一段レベルアップした仕様も同時に研究開発中。こちらはAと比べて航続距離50%向上を目指す。

注1:空力や軽量化などの車両効率向上分を含む
注2:SOCとはStates Of Chargeの略で充電状態、充電率を意味する

出所)トヨタ:公式Webサイト、ニュースリリース、電動化技術 – バッテリーEV革新技術、2023年6月13日

(b)空力

 空力の軽減については以下のようなロケットの極超音速空力技術を応用した、新たな空気抵抗削減技術を採用します。

・三菱重工業(株)宇宙事業部と共同で技術検討中。そこで得られた知見を要素技術として次世代BEVに導入していくことを目指す。
・クルマの形状にとらわれずに空気抵抗を軽減出来ることにより、魅力ある意匠/パッケージと空力を両立する。

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課題の解決状況

(1)航続距離

 トヨタの公表した資料から、EV用蓄電池の課題がどの程度解決されたかを分析します。まず、航続距離をグラフ化すると図-3となります(表-1に示された能力向上割合をbZ4Xの航続距離(現行のスペック値567km)に乗じて計算した結果です)。

注)表-1に示された能力向上割合をbZ4Xのスペックの最大航続距離(567km)に乗じて算定。
充電時間はSOC=80%を想定しており、それに対応する航続距離はこの値の0.8倍となる。
図-3 今後開発される蓄電池の航続距離

 従来型の角型、モノポーラ構造のパフォーマンス版(A)は航続距離が1,100kmを達成します。さらに、バイポーラ構造を持つハイパフォーマンス版(C)は1,200kmを超え、全固体電池(D)のレベルアップ版は1,700kmとガソリン車並みになると言えます。

 ここで、図-2に示したバイポーラ構造の特徴を整理すると以下の通りです。バイポーラ構造とは集電体の両面に正極層と負極層を形成したバイポーラ電極と電解質層を交互に積層したもので、電池容器が占める体積や重量を大幅に低減するものです。

 また、バイポーラ構造の利点は正極と負極の設置面積が大きいため、電子の通過できる面積が大きくなり大電流を流すことが可能になります。バイポーラ構造の導入により従来型に比べて同じ体積で2倍の出力を出すことができたとされています7)

 さらに、電子の移動による抵抗も小さくなるため発熱量も低下するようです。これらのことによって、充電速度や安全性などの向上が期待できると言えます。

 このバイポーラ構造を持つ蓄電池は既にトヨタのAQUAが搭載しているニッケル水素電池に適用されており、トヨタと豊田自動織機が開発したシステムです(写真はJapan mobility show 2023より)。

 バイポーラ構造の蓄電池の製造には、集電体に正極や負極の材料を均一に、かつ高速で塗る精密塗装技術が必要であり、それはトヨタの特許が使われています。なお、バイポーラ構造を全固体電池に適用することも可能であり、さらに性能を向上させることができます。

(2)安全性

 電解質を固体にした全固体電池を採用することで液体電解質の燃焼性の課題が解決できます。なお今回公表された従来型の蓄電池では液体電解質であることは変わらず、安全性の抜本的な解決にはなっていません。ただしトヨタはこれまでにもリチウムイオン電池における安全性について様々な対策を行ってきました。

 図-4に電圧、電流、温度の監視により、異常発熱の兆候を検知し、未然に防止する技術を示しています7)液体電解質の発熱による発火の防止をこのような監視、制御システムで行うことをこれまでのリチウムイオン電池やニッケル水素電池でも実施してきており、安全性についてはある程度担保されてきたとの自負があるものと思われます。

出所)トヨタイムズ:テクノロジー、車両と一体だからできること-トヨタ電池戦略の強み、2021年9月8日
図-4 電池の安全性に関する制御システム

 2023年6月の発表では詳細に説明されなかった全固体電池ですが、その後出光興産との協業のニュースにより全固体電池の方向性が見えてきました8)。それは、全固体電池に使われる硫化物の固体電解質の量産に向けた協業を行うというものです。

 出光興産は石油精製の過程で生成される硫化物の使途について長い間研究を続けてきており、全固体電池の固体電解質への適用についても検討していました。今回、トヨタとの協業によりそれらのノウハウを提供し、安価で安定な硫化物の供給を行える体制が整ったことになります。

<出光興産とトヨタ自動車の全固体電池の量産に向けた協業の内容>
 
第1フェーズ「硫化物固体電解質の開発と量産化に向けた量産実証(パイロット)装置の準備」
 出光とトヨタは、双方の技術領域へのフィードバックと開発支援を通じ、品質・コスト・納期の観点で、硫化物固体電解質を作り込み、出光の量産実証(パイロット)装置を用いた量産実証に繋げる。

第2フェーズ「量産実証装置を用いた量産化」
 出光による量産実証(パイロット)装置の製作・着工・立ち上げを通じた、硫化物固体電解質の製造と量産化を推進する。
 トヨタによる、当該硫化物固体電解質を用いた全固体電池とそれを搭載した電動車の開発を推進し、全固体電池搭載車の2027-2028年市場導入を、より確実なものにします。

第3フェーズ「将来の本格量産の検討」
 第2フェーズの実績をもとに、将来の本格量産と事業化に向けた検討を両社で実施する。

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(3)寿命

 全固体電池の開発により蓄電池の寿命がのびることは既に説明した通りです。固体電解質の特徴である単一イオン伝導により、液体電解質中の他のイオンの酸化等による劣化が生じないことから、寿命が延びることになります。

 トヨタは液体電解質のリチウムイオン電池についても、図-5に示すような長寿命化についての対策を進めてきました7)。リチウムイオン電池内部の詳細な解析から、電池の負極の表面に発生する劣化物が電池の寿命に大きく影響するため、劣化物の発生を抑制するために材料の選定、パック構造、制御システムなどさまざまな面で対策を行っています。

出所)トヨタイムズ:テクノロジー、車両と一体だからできること-トヨタ電池戦略の強み、2021年9月8日
図-5 蓄電池の長寿命化対策

(4)充電時間

 充電時間は全固体電池において10分(SOC:10-80%)とされています。全固体電池の特性である単一イオン伝導による出力密度の向上により大きく改善しています。もし、全固体電池にバイポーラ構造を適用すればさらに充電時間を短縮できるのではと想像されます。

 ただし、角型パフォーマンス版(A)とバイポーラハイパフォーマンス版(C)は20分、バイポーラ普及版(B)は従来通りの30分です。正極材料にNCM系(ニッケル、コバルト、マンガン)、Ni系(ニッケル)を使ったものが20分、LFP系(LiFePO4:リン酸鉄リチウム)を使ったものは現状のままです。

 充電時間は正極材に依存しますので、価格との見合いでどちらを選択するかは、ユーザーの判断となります。トヨタはこのように単一のサービスではなく、ユーザーの選択できるオプションを増やし、ユーザーのニーズに幅広く対応できる可能性を示したと言えるでしょう。

(5)コスト

 コストは残念ながら全固体電池については精査中として示されませんでした。bZ4Xに搭載された蓄電池(X)のコストを100とする他の3種の蓄電池の相対コストを図-6に示します。バイポーラ構造の普及版(B)のコストはXの6割となり、バイポーラ構造のハイパフォーマンス版(C)も7割程度となっており、低コストについても配慮されています。

図-6 今後開発される蓄電池の相対コスト(Xのコストを100とする)

 ここで、それぞれの蓄電池の航続距離とコストの関係をプロットしたものを図-7に示します。図-7では蓄電池の正極の種類を記載しています。蓄電池XとAは正極に使われているNCM系の材料が比較的高価なため、他の蓄電池に比べて高額になっています。

図-7 蓄電池の正極に着目した航続距離と相対コスト

 一方、蓄電池Bの正極材のLFP系は希少金属を使わないため安価ですがエネルギー密度が小さいため航続距離を延ばすことが難しいようです。そのため、バイポーラ構造で容量を大きくして普及版として使用する方針のようです。

 また、蓄電池Cは正極材にNi(ニッケル)系を使用しており、NCM系よりも価格が抑えられ、バイポーラ構造にすることで航続距離を伸ばすことができています。なお今回公表されなかった全固体電池の価格についても出光興産との協業で価格を押さえる戦略が進んでおり、今後の発表を待ちたいと思います。

トヨタのEV戦略への期待と懸念

 2023年12月に行われたCOP28(第28回気候変動枠組み条約締約国会議)では「化石燃料からの脱却」が合意されました(前回の報告を参照ください)。自動車に使用されるガソリンや軽油という化石燃料からの脱却を加速することが求められています。

 日本の自動車工業会では、自動車の脱炭素化をEVと合成燃料を使用したICE(内燃機関自動車)の両方で達成することを想定しています。合成燃料の実用化が見えない現状ではEV化を進めることが求められます。もちろんこれは電力の脱炭素化を前提としています。

 日本を代表する自動車メーカーのトヨタが本格的にEVに取り組むことで日本国内のEVの普及が進んでいくことが期待されます。ただし今回のトヨタのEV戦略では、EV用蓄電池の決定版である全固体電池を搭載したEVの販売開始は2027、2028年頃とされています。

 トヨタが本格的にEVに取り組む姿勢を見せたのは評価できますが、世界では競合する企業がEVを精力的に販売しています。このタイムスケジュールでトヨタは世界の乗用車の販売シェアを確保できるのでしょうか。全固体電池ではない従来型の高性能蓄電池を搭載したEVの販売も2026年からと公表されているので、このスケジュールに不安を持った方もいるのではないでしょうか。

 日本において電力の脱炭素化が進まない中、日本の自動車メーカーはEVのGHG排出における効果は少ないと考えてEVの投入に消極的だったと思われます。しかし、ヨーロッパを中心に世界の電力の脱炭素化は進んでいる上に、蓄電池の性能が飛躍的に向上しています。

 蓄電池の製造時におけるGHG排出量が大きいことから、蓄電池容量が大型化して行くことでEVのライフサイクル全体のGHG排出量の削減効果は低減すると見込まれていました。しかしEVの性能向上はこの製造時のGHG排出量の低減も実現し、ライフサイクル全体のGHG排出特性が大きく変わっている可能性があります。

 このような蓄電池の性能向上に関して、再度新しいデータをもとに検討しておくことが必要と考えられます。次回以降ではEVのLCAを基にしたGHG排出量の削減効果に関する分析を取り上げていきます。

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<参考文献>
1)日本貿易振興機構(GETRO):主要国の自動車生産・販売動向、2023年11月
2)高田和典編著、菅野了次、鈴木耕太:全固体電池入門、日刊工業新聞社、2019年2月
3)EVライフ:公式Webサイト、EV充電の基礎知識、https://ev-life.net/charging/battery/
2023年11月20日閲覧
4)公益社団法人東京電機管理者技術協会:公式Webサイト、電気安全に関するQ&A、2023年11月20日閲覧
5)日本貿易振興機構(JETRO):米国におけるEV用バッテリーのリサイクル事業の現状と見通し調査、2023年6月
6)トヨタ:公式Webサイト、ニュースリリース、電動化技術 – バッテリーEV革新技術、2023年6月13日
7)トヨタイムズ:テクノロジー、車両と一体だからできること-トヨタ電池戦略の強み、2021年9月8日
8)トヨタ:公式Webサイト、ニュースリリース出光とトヨタ、バッテリーEV用全固体電池の量産実現に向けた協業を開始、2023年10月12日