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ライフサイクル全体のGHG排出量の分析(3)-乗用車

 これまで家電製品のライフサイクル全体のGHG排出量の分析について紹介してきましたが、今回は乗用車を取り上げます。その分析手法はこれまでと同様のLCA(Life cycle assessment)です。乗用車のLCAの事例については、本サイトの「乗用車(3)-車種別のライフサイクルアセスメント」でも文献サーベイを行った結果を紹介してきました。

 前回の報告では国際エネルギー機関(IEA:International Energy Agency)が2019年に公表した報告書を中心に車種別のCO2排出量を比較し、BEVとPHEVとが拮抗する状況を確認しました。またBEVの蓄電池容量が大きいとPHEVより排出量が多くなり、HEVとも変わらなくなるという結果を示しました1)

※車種の英字略称の意味は以下の通りです。

EVElectric vehicle電気自動車一般を指す
BEVBattery electric vehicle電気のみで走行する自動車
HEVHybrid electric vehicle電気と燃料で走行するハイブリッド車。燃料が主体で電気は補助
PHEVPlug-in Hybrid electric vehicle充電が可能な電気と燃料で走行するプラグインハイブリッド車
FCVFuel cell vehicle燃料電池自動車
ICEVInternal combustion engine vehicleガソリン車などの内燃機関自動車のことで、燃料で走る自動車

 しかし、これは電力のCO2排出係数を世界平均値(518g-CO2/kWh)とし、この時点では主流のリチウムイオン電池の製造時CO2排出原単位を75kg-CO2/kWhとした分析結果でした。これに対して、世界の電力の脱炭素化は進行しており、EU28か国の平均は331g-CO2/kWh(2020年、発電設備建設分は含まず)であり2)、日本や米国でも低下しています。この動きは2050年の脱炭素化に向けて加速していくことが考えられます。

 さらに、リチウムイオン電池の性能向上も著しく、その蓄電池を製造する際のCO2排出原単位も大きく低下してきています。そして、近年はリチウムイオン電池のリサイクルも活発になってきており、蓄電池を製造する際のCO2排出量はEVの普及とともにさらに低下していくことが予想されます。

 一方、日本のメーカーはEV用蓄電池の性能の課題を理由に、BEVの販売に消極的でした。前回報告したように日本での新車販売ではHEVが50%を超えているのに対し、BEVは3%程度にとどまっています。それは日本の代表企業であるトヨタが考えている「炭素との闘い」において、CO2排出量が最も少ないのはHEVであると判断しているためと思われます。

 今回はその根拠について検証してみました。その結果、日本の研究機関が分析しているLCAの分析結果(2018年発表論文)では、HEVが最もライフサイクル全体のCO2排出量が少ないとされていました。この結果が日本においてBEVよりもHEVの普及を優先させてきた根拠と思われます。

 この分析の特徴は電力の炭素強度(CO2排出特性)と蓄電池の性能を分析時点のものに固定していることにあります。一方、欧米で分析されているLCAはこれらの条件について、将来の技術の進展をシナリオとして与えて分析しています。そして脱炭素社会ではBEVとFCVのみが乗用車の脱炭素化に貢献するとしています。

 今回確認した日本のLCA分析では電力の炭素強度は東日本大震災直後の2012年から2014年の平均値(火力発電の割合が88%)を用い、蓄電池も現状のままの性能を固定していました。そのため、本報告では日本の論文のLCA手法に最新のデータを用いて、車種別のライフサイクルCO2排出量の修正計算を試みます。

 その結果より、現在でもHEVがCO2排出量において最も優位なのかを確認します。そして現在から将来への時間軸と日本と欧米などの世界の他の地域での車種別のCO2排出量の傾向を分析し、日本メーカーが取るべき戦略について整理していこうと思います。

<本報告のコンテンツ>

LCA分析の範囲と方法
(1)LCAの目的と手法
(2)LCAの検討範囲
(3)LCAの方法

日本での車種別のライフサイクルCO2の分析事例
(1)LCAのシステム境界と分析手法
(2)分析対象車両の諸元
(3)CO2排出量の分析結果
 (a)製造時CO2排出量
 (b)使用時CO2排出量
 (c)維持管理時のCO2排出量
 (d)ライフサイクルCO2排出量

最新のデータに基づくライフサイクルCO2の分析
(1)欧米におけるLCA分析の事例
 (a)ECのLCA分析事例
 (b)ICCTのLCA分析事例
(2)日本におけるLCAの再計算
 (a)蓄電池の製造時CO2排出原単位
 (b)電力のCO2排出係数
 (c)日本におけるLCA分析の再計算結果

日本メーカーの取るべき戦略

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LCA分析の範囲と方法

(1) LCAの目的と手法

 LCAには個別の製品を評価する「製品LCA」と政策決定者に必要な情報を提供する「政策LCA」の2つがあります。両者は方法が類似していますが、目的が異なるためデータの扱いや予測シナリオの設定などが異なります2)

 「製品LCA」は具体的な車両に対してISOなどの規格に準拠して分析され、実際の車両部品の特性や燃費(エネルギー効率)等をもとに評価されます。一方、「政策LCA」は対象地域の一般的な車両を対象とし、車両部品の構成や燃費特性などの性能は平均的なデータを使用し、将来のそれらのシナリオを設定して評価されます。

 本報告で紹介する日本の参考論文は「製品LCA」による分析であり、欧米の参考文献は「政策LCA」であることに留意してください。詳細は後述しますが、「政策LCA」では蓄電池の性能向上や電力の脱炭素化などの将来の変化がシナリオで与えられて評価されており、将来の予測を基にした政策決定の材料とされています。

(2)LCAの検討範囲

 LCAを行うに際して、その評価の範囲(システム境界)は分析結果に大きな影響を与えます。そのため、まずLCAの評価範囲を確認することが重要です。LCAではライフサイクルの以下の5つのプロセスごとに算定するのが一般的です(図-1)。

図-1 LCAの検討範囲

 (1) 車の製造
 (2) 燃料及び電力の製造
 (3) 車の使用
 (4) 車の維持管理
 (5) 車の廃棄・リサイクル

 さらに5つのプロセスにおいて、どのような項目を評価するかで結果は異なってきます。評価の内容を表-1に示します。車の製造においては、素材の採掘、加工、輸送、組立等のプロセスで発生するCO2を評価します。

 燃料及び電力の製造においても、燃料の採掘、精製、輸送、給油プロセス、電力は発電施設の建設を含め、発電ロスや送配電ロスを含めた評価が行われます。車の使用時に消費された燃料や電力に応じたCO2排出が評価されます。また、燃料については燃焼によるCO2排出量も加算されます。

 維持管理は交換部品の製造に関する評価、廃棄・リサイクルはその解体、処分、リサイクルに関する評価が行われます。各種のLCAでは廃棄・リサイクルを含めない場合や、電力の製造時の施設建設のプロセスを含まないなど、目的に応じた範囲の設定が行われます。

表-1 乗用車のライフサイクルLCAでの評価内容

  評価項目    内  容
(1)
車の製造
車両、モーター、エンジン原材料の採掘と加工、部品の製造、組み立てを含む車両の製造
蓄電池バッテリーパックの製造(原材料の抽出と加工、セルの製造、パックの組み立てを含む)
水素システム水素タンクと燃料電池の製造(原材料の抽出と加工、部品の製造を含む)
(2)
エネルギーの製造
燃料燃料の製造・輸送(原油/天然ガスの抽出(フレアリングを含む)、加工と輸送、燃料の精製と流通)
電力電力の製造・送電・配電(発電所の建設、発電・送電・配電の損失を含む)
(3)
車の使用
燃料の消費
(燃費・走行距離)
燃料の燃焼によるCO2等の排出
燃料の消費によるエネルギー製造時のCO2排出
電力の消費
(電費・走行距離)
電力、水素の消費によるエネルギー製造時のCO2排出
(4)維持管理タイヤ、鉛蓄電池、冷却液、エンジンオイルなどの消耗品の交換
(5)廃棄処分・リサイクル解体、シュレッダーと選別、輸送、埋立処分、リサイクル
注)エネルギーの製造時のCO2排出量は車の使用時に消費したエネルギー量に応じて積算されます。

(3) LCAの方法

 LCAでは、表-1に示した各プロセスごとにLCAの検討範囲に応じて、そのプロセスで発生するCO2排出量が算定されます。

フェーズ 1 車の製造: 原材料の抽出、材料の製造、車両部品の製造、車両の組み立て
フェーズ 2 燃料製造・発電:燃料の製造、BEV用電力の発電(発電設備のインフラ整備費を含む)
フェーズ 3 車の使用: 運転時における燃料燃焼と電力の使用
フェーズ 4 車の維持管理: 交換部品等の製造
フェーズ 5 車の廃棄(EOL): 耐用年数が経過した車両を廃棄・処分・リサイクル

 フェーズ1の車両の製造段階では、原材料毎の重量を算定し、その重量当りCO2排出原単位を乗じて算定されます。部品・材料によっては重量原単位ではなく、機能的な諸元をもとにCO2原単位を用いることがあります。その一例は蓄電池(リチウムイオン電池)の容量当り原単位です。

 フェーズ2の燃料製造・発電の段階では、それぞれのエネルギーの製造段階のCO2排出量を算定しておきます。ガソリンの場合は原油の採掘、原油輸送、精製、ガソリン輸送、給油ロスなどを考慮して、乗用車に供給されるガソリン1L当りのCO2排出量が算定されます。

 電力については、発電に係る全てのCO2排出量を1kWh当りで算定(CO2排出係数)します。ここでは、発電設備の建設、発電効率、送配電ロスなどが考慮されます。なお、これらのエネルギー製造にかかわるCO2排出量は車の使用時にエネルギー消費量に応じて積算されます

 フェーズ3では実際に車が使用された際に要するエネルギー量を求めてそれに応じたCO2排出量を算定します。ここでは、車両の使用による走行距離と燃費(電費)を用いて以下の式により求められます。燃料を用いるICEV、HEVの算定式は以下の通りです。

 CO2,ICEV, HEV = (CFWtT + CFTtW)/EICEV, HEV ・LD   (1)

  CO2,ICEV, HEV=車の使用段階でのCO2排出量 (kg-CO2)
  CFWtT = 燃料製造~給油(WtT)における CO2排出係数 (kg-CO2/L)
  CFTtW = 燃料燃焼(TtW)による CO2排出係数 (kg-CO2/L)
  EICEV, HEV = 燃費 (km/L)
  LD = 生涯走行距離 (km)

 上記でCFの添え字のWtTはWell-to-TankTtWはTank-to-Wheel を意味しています。WtTは燃料の井戸(Well)から給油タンク(Tank)までを、TtWは給油タンク(Tank)からタイヤ(Wheel)までを表し、それぞれ燃料製造~給油の過程燃料が車輪を駆動する過程を意味しています。

 次に、BEVまたはFCVの使用段階におけるCO2排出量は次の式で求められます。なお、電力と水素は消費による直接的なCO2の排出はありません(CFTtW=0)。

 CO2,BEV, FCV = CFWtT/EBEV, FCV・LD   (2)

  CO2,BEV, FCV =車の使用段階でのCO2排出量 (kg-CO2)
  CFWtT = 発電または水素製造(WtT)におけるCO2排出係数 (kg-CO2/kWh)
  EBEV, FCV = BEVまたはFCVの電費または燃費 (km/kWh)

 フェーズ4では車両の維持管理において、タイヤ、鉛蓄電池、冷却液、オイルなどの消耗品の交換によるCO2排出量を算定します。

 フェーズ5では車両の廃棄時の解体と選別、輸送、埋立処分、リサイクルに要するCO2排出量が算定されます。そして、これらのフェーズで得られた総CO2排出量がライフサイクルCO2排出量です。

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日本での車種別のライフサイクルCO2の分析事例

(1)LCAのシステム境界と分析手法

 日本ではメーカーが個別に自社製の自動車のLCA分析を行った結果を示す事例が見られます。しかし、その評価の詳細は明示されず、計算根拠が明確でないことが多いです。その中で(株)マツダが行ったLCA分析は比較的データが明確に示されているのですが、対象とする車種がICEV(燃料はガソリンと軽油)とBEVの2種のみを対象とするものでした3)

 本報告では乗用車のライフサイクルにおけるCO2排出量を分析した論文のうち日本機械学会に投稿された研究事例を紹介します4)。本論文は2018年に発表されたやや古いものですが、多くの車種を対象にして分析されており、公表されたデータのみを用いて計算過程を追いやすいため取り上げます。

 LCAの対象範囲は乗用車の製造、使用、維持管理を含み、廃棄・リサイクルは含んでいません。使用時においては燃料の採掘から給油までの製造プロセスや、電力の発電設備の建設、発電効率なども考慮して分析が行われています。

 本論文では、下の(3)式に示すように車両製造、エネルギーの製造、車両の使用と維持管理の各過程における走行距離当りのCO2排出量を算定し、これに生涯走行距離を乗じて車両のライフサイクルにおけるCO2排出量を算定します。

CO2Total = CO2Prod + (CO2WtT/km + CO2TtW/km + CO2HVAC/km + CO2Ment/km) × LD  (3)

 CO2Total : ライフサイクル全体のCO2排出量 (g-CO2)
 CO2Prod : 車両製造時CO2排出量 (g-CO2)
 CO2WtT/km : 単位距離当りWtT CO2排出量 (g-CO2/km)
 CO2TtW/km : 単位距離当りTtW CO2排出量 (g-CO2/km)
 CO2HVAC/km : 単位距離当り車内空調使用起因CO2排出量 (g-CO2/km)
 CO2Ment/km : 単位距離当り維持管理CO2排出量 (g-CO2/km)
 LD : 生涯走行距離(km)

 (3)式でのWtT、TtWは(1)式、(2)式で示したものと同じ意味です。WtTはWell to Tankを意味し、エネルギーの製造~給油過程、TtWはTank-to-Wheelのエネルギー使用過程を意味します。ただし電力と水素のCO2TtW/kmはゼロです。

 本論文の特徴は車内のエアコン稼働の影響も考慮しており、車内空調使用によるCO2排出量も算定しています。ここでは空調(HVAC:Heating, Ventilation and Air Condition)によるCO2排出量をHVAC-CO2と表示します。

 維持管理時ではタイヤ、鉛蓄電池、エンジンオイルの交換に伴うCO2排出量を算定します。これらの交換インターバルは車種に応じて設定されています。オイル交換はICEV-Gas(ガソリン車)、HEVは7,500km、ICEV-Die(ディーゼル車)は5,000kmの走行毎に行われ、オイル量は4Lです。

 生涯走行距離は日本における乗用車の年間平均走行距離(10,575km)と平均使用年数(13年)から138,000kmと設定されました。また、車内空調の影響を考慮するための外気温は東京を基準とした5~26℃(平均15℃)と設定されています。

(2)分析対象車両の諸元

 対象車種はICEV-Gas,ICEV-Die,HEV,BEV及びFCVの5車種について検討しています。それらの諸元を表-2に示します。マーケット動向を反映して全長4,800mm以上5,000mm未満の国内で販売されているセダン型車両(排気量2,000 ccクラス)から具体の車種を抽出して設定しています。例えば、HEVはHonda ACCORD、BEVはテスラmodel S、FCVはトヨタのMIRAIです。

 BEVの車両出力は検討した車両中で285 kWと突出しているため、この論文ではモータ出力をHEV 同等の135 kW に変更して取り扱い、BEVのJC08 モードデータ(電費)が公表されていない為、他のJC08 モードとEPA(City)モードでの相関より推計した値を用いています。

表-2 対象とした車両の諸元

項目/車種 ICEV-GasICEV-DieHEVBEVFCV
対象車両MazdaMazdaHondaTeslaToyota
ATENZA ATENZAACCORDModel SMIRAI
車両長さ4,865 mm4,865 mm4,945 mm4,979 mm4,890 mm
車両幅1,840 mm1,840 mm1,850 mm1,950 mm1,815 mm
重量1,450 kg1,520 kg1,580 kg1,959 kg1,850 kg
エネルギーガソリン軽油ガソリン電気水素
エンジン/燃料電池L4 1,997 ccL4 2,188 ccL4 1,993 cc
出力114 kW129 kW107 kW114 kW
蓄電池容量1.3 kWh (Li) 75 kWh (Li)1.6 kWh (Ni)
燃料電池容量 62 L 62 L60 L
モータ駆動力135 kW135 kW113 kW
ジェネレータ出力106 kW
JC08モード効率
(燃費、電費)
17.4 km/L
(526 Wh/km)
22.4 km/L
(444 Wh/km)
31.6 km/L
(289 Wh/km)
145 Wh/km
(計算値)
700km/4.6kg-H2
(219 Wh/km)
車内エアコン(暖房)排気熱源排気熱源排気熱源電気電気、排気熱源
タイヤサイズ225/55 R17225/45 R19225/50 R17245/45 R19215/55 R17
注)Tesla Model Sは車両出力が285kWと突出しているため、HEVと同等の135kWに変更し、JC08モードの電費も効率相関を用いて推計した。
出所)石崎啓太、中野冠、内燃機関自動車,ハイブリッド自動車,電気自動車,燃料電池自動車における車内空調を考慮した量産車両LCCO2 排出量の比較分析、日本機械学会論文集、Vol.84, No.855, 2018

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(3)CO2排出量の分析結果

(a)製造時CO2排出量

 車両の製造時のCO2排出量は、構成素材量と産業連関表を用いて算定するハイブリッドLCI手法を用いています。分析で用いた構成素材・部品の重量を表-3に示します。これに素材ごとのCO2排出原単位を乗じて製造時のCO2排出量を算定したものを図-2に示します。

表-3 構成素材の重量

ICEV-GasICEV-Die HEV  BEV  FCV 
車体(内装含む)1,3201,3201,3191,2841,679
エンジン130.0200.0130.0
モーター、PCU注1)82.786.583.7
駆動用蓄電池注2)48.2480.051.7
水素貯蔵タンク87.5
燃料電池57.0
単位)kg
注1)PCU: Power Control Unit
注2)駆動用蓄電池とはモーターの電源となるリチウムイオンバッテリーで、鉛蓄電池と区別するために使用。
出所)石崎啓太、中野冠、内燃機関自動車,ハイブリッド自動車,電気自動車,燃料電池自動車における車内空調を考慮した量産車両LCCO2 排出量の比較分析、日本機械学会論文集、Vol.84, No.855, 2018
出所)石崎啓太、中野冠:内燃機関自動車、ハイブリッド自動車、電気自動車、燃料電池自動車における車内空調を考慮した量産車両LCCO2 排出量の比較分析、日本機械学会論文集、Vol.84、No.855、2018
図-2 車両の製造時のCO2排出量

 ここで、一番重要となるのが駆動用蓄電池のCO2排出原単位です。本論文では、蓄電池製造時のCO2排出原単位を100kg-CO2/kWhと設定しています。これは既存の研究でエネルギー密度が0.10kWh/kgの時のCO2排出原単位を138kg-CO2/kWhとしていたことから、現状のエネルギー密度が0.16kWh/kgと向上していることを勘案した結果とされています。

 ICEV-Gas を基準(=1)とした場合、ICEV-Die は1.1 倍、HEV は1.3 倍、FCV は2.0 倍,BEV は2.6 倍の製造時CO2排出量となっています。HEVは比較的小さなリチウムイオン・バッテリを搭載しているため、製造時CO2排出量の増加率は30%に留まっています。

(b)使用時CO2排出量

 使用時CO2排出量はWtT、TtW及び車内空調使用よるCO2 排出量を算定します。まず、文献(電力中央研究所の報告書)から引用したエネルギー別のWtT CO2とTtW CO2排出係数を表-4と図-3に示します5)

 ガソリン、軽油のWtT CO2排出係数はそれぞれ57.6g-CO2/kWh、31.3g-CO2/kWhです。またTtW CO2排出係数はガソリン254.2g-CO2/kWh、軽油260.3 g-CO2/kWhとなります。これは燃料の低位発熱量から計算されたものです。

 また、電力のCO2排出係数は2012~2014年平均の電源構成から発電時555g-CO2/kWhであり、施設建設などを含めたWtT CO2排出係数は633g-CO2/kWhとなります6)(この時の火力発電比率は88%)。

表-4 エネルギー別のCO2排出係数

ガソリン軽油電力
(Mix)
水素
(オンサイト)
水素
(水電解)
製造~給油 Process
(Well-to-Tank)
57.631.3633
(発電時555)
414749
消費時 Embodied
(Tank-to-Wheel)
254.2260.3
単位)g-CO2/kWh
出所)日本自動車研究所, 総合効率とGHG 排出の分析報告書、2011
電力中央研究所: 電力中央研究報告-日本における発電技術のライフサイクルCO2排出量総合評価、2016
出所)日本自動車研究所:総合効率とGHG 排出の分析報告書、2011.
電力中央研究所: 電力中央研究報告-日本における発電技術のライフサイクルCO2排出量総合評価、2016
図-3 エネルギー別のCO2排出係数

 水素は一次エネルギーとして液化石油ガス(LPG)を用いてオンサイトで精製した水素のCO2排出係数は414g-CO2/kWh(エネルギー効率56%)、一次エネルギーとしてLNGを使用した火力発電を利用して水電解を行った水素は749g-CO2/kWh(エネルギー効率27%)です。

 さらに、車内空調使用よるCO2排出量については、全ての車種において年間平均で9%のCO2増加を見込むとしています(冷房により月最大10%、暖房により月最大19%)。なお、本論文ではBEVやHEVの暖房時のエネルギー使用の増加が見込まれるものの、その定量化は困難で今後の課題であるとしています。

 これらの分析条件で算定された車の使用時における走行距離当りのCO2排出量を図-4に示します。

注)FCV①:FCV(LPGを用いてオンサイト精製)、FCV②:FCV(LNG電力による水電解)
出所)石崎啓太、中野冠:内燃機関自動車、ハイブリッド自動車、電気自動車、燃料電池自動車における車内空調を考慮した量産車両LCCO2排出量の比較分析、日本機械学会論文集、Vol.84、 No.855、2018
図-4 使用時の走行距離当りCO2排出量

 この結果よりICEVと比較して、HEV、BEV及びFCV(オンサイト水素精製)は使用時CO2排出量が少なくなっています。HEVについては、WtT効率が高くTtW効率もICEV-Gasに対して1.8倍改善しているため96g-CO2/kmと同一車格の中で最も低い運用時CO2排出量を示します。

 FCV については,オンサイト水素精製では運用時CO2 排出量が99g-CO2/kmですが,水電解を用いた場合は177g-CO2/km となっており、非常に大きな数値です。これは水電解の電力として火力発電の割合が高い電力を使用していることに寄ります。

 一方で,BEVについては,HEVに対して車両エネルギ効率が2倍高いですが(表-2)、火力発電に依存した国内電源構成により使用時CO2排出量は100g-CO2/kmと、HEVやFCV(オンサイト水素精製)よりも多くなっています。

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(c)維持管理時のCO2排出量

 維持管理時は前述の通りの方法で、タイヤ、鉛蓄電池、エンジンオイルの交換に伴う走行距離当りCO2排出量を算出した結果を図-5に示します。

出所)石崎啓太、中野冠:内燃機関自動車、ハイブリッド自動車、電気自動車、燃料電池自動車における車内空調を考慮した量産車両LCCO2排出量の比較分析、日本機械学会論文集、Vol.84、 No.855, 2018
図-5 維持管理時の走行距離当りCO2排出量

 タイヤについは,全車両ともCO2排出量は5.0g-CO2/km、鉛蓄電池についても全車両すべて同一として1.0g-CO2/kmです。エンジンオイルについては鉱油系基油を使用した場合を想定しており、ICEV-Dieでは0.9g-CO/km、ICEV-Gas及びHEVでは0.6g-CO2/kmと算定されます。

(d)ライフサイクルCO2排出量

 (a)から(c)までの計算結果を(3)式を用いてライフサイクルCO2排出量を算定します。計算の一例を下のコラムに示します。生涯走行距離による車種別のライフサイクルCO2排出量は以下の順となります。

  HEV   FCV①   ICEV-Die  BEV   ICEV-Gas  FCV②
 20.5t < 24.5t < 25.4t < 27.7t < 29.8t < 35.4t

※FCV①:FCV(LPGを用いてオンサイト精製)、FCV②:FCV(LNG電力による水電解)

<生涯走行距離におけるライフサイクルCO2の計算の一例>

(1)計算式
CO2Total = CO2Prod + (CO2WtT/km + CO2TtW/km + CO2HVAC/km + CO2Ment/km) × LD  (3)
 CO2Total : ライフサイクル全体のCO2排出量 (g-CO2)
 CO2Prod : 車両製造時CO2 排出量 (g-CO2)
 CO2WtT/km : 単位距離当りWtT CO2排出量 (g-CO2/km)
 CO2TtW/km : 単位距離当りTtW CO2排出量 (g-CO2/km)
 CO2HVAC/km : 単位距離当りHVAC CO2排出量 (g-CO2/km)
 CO2Ment/km : 単位距離当り維持管理 CO2排出量 (g-CO2/km)
 LD : 生涯走行距離 (km)

(2)HEV
 CO2Prod : 6.4 (t-CO2)
 CO2WtT/km:ガソリンCO2排出係数57.6(g-CO2/kWh)×燃費0.289(kWh/km)=16.6(g-CO2/km)
 CO2TtW/km:ガソリンCO2排出係数254.2(g-CO2/kWh)×燃費0.289(kWh/km)=73.5 (g-CO2/km)
 CO2HVAC/km:CO2TtW/km 73.5×0.09=6.6 (g-CO2/km)
 CO2Ment/km : タイヤ5.0+鉛蓄電池1.0+エンジンオイル0.6=6.6(g-CO2/km)
 CO2Total=6.4+(16.6+73.5+6.6+6.6)×生涯走行距離138,000(km)×10-620.5t

(3)BEV
 CO2Prod : 13.1 (t-CO2)
 CO2WtT/km:電力CO2排出係数633.0(g-CO2/kWh)×電費0.145(kWh/km)=91.8(g-CO2/km)
 CO2TtW/km:0 (g-CO2/km)
 CO2HVAC/km:CO2TtW/km 91.8×0.09=8.3 (g-CO2/km)
 CO2Ment/km : タイヤ5.0+鉛蓄電池1.0=6.0(g-CO2/km)
 CO2Total=13.1+(91.8+8.3+6.0)×生涯走行距離138,000(km)×10-627.7t

 都市部走行を想定したJC08 モードでCO2排出量を計算した場合、今回抽出した2,000ccクラスの5車両の中でHEVのCO2排出量が20.5t-CO2と最も少ないことが確認されました。HEVの車両製造時のCO2排出量はICE-Gasと比較して約30%増加しますが、使用時CO2排出量が低く抑えられていることが要因です。一方、BEVはリチウムイオン電池の製造時CO2排出量に強く影響され、27.7t-CO2とHEVの1.35倍となっています。

 走行距離別に計算した結果を図-6に示します。走行距離が長くなるにつれて燃費の良い車種のCO2排出量が逆転していく様子が分かります。HEVは20,000km付近でICEVを逆転しています。またBEVは製造時は最も多いCO2排出量でしたが、走行距離が約35,000kmでFCV(水電解)を、約110,000kmでICEV-Gasを逆転しています。さらに走行距離が長くなればICEV-Dieも逆転すると想定されます。

注)FCV①:FCV(LPGを用いてオンサイト精製)、FCV②:FCV(LNG電力による水電解)
出所)石崎啓太、中野冠、内燃機関自動車,ハイブリッド自動車,電気自動車,燃料電池自動車における車内空調を考慮した量産車両LCCO2排出量の比較分析、日本機械学会論文集、Vol.84、 No.855、2018
図-6 車種別のライフサイクルCO2排出量

 本論文の結論はHEVが他の車種に比べてライフサイクルCO2が最も少なくなっているということでした。この結果は日本メーカーがHEVを推進してきたことの根拠となっていることが想定されます。しかし、この結果はあくまでも2018年の論文作成時のデータを基にしたものであることを認識しておく必要があります。

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最新のデータに基づくライフサイクルCO2の分析

(1)欧米におけるLCA分析の事例

 ここでは、EUと米国における以下の2つのLCA分析の事例を示します2)7)。これらは2020年と2021年に公表された比較的新しいLCA分析の結果です。これらのLCA分析は当該地域での自動車の政策決定を目的としており、LCAの手法は「政策LCA」です。

・ヨーロッパ委員会(EC):自動車のLCAによる環境評価(2020)
・ICCT:乗用車のライフサイクルGHG排出量の世界比較(2021)

※ICCT(International Council on Clean Transportation:国際クリーン輸送協議会):米国の多国籍非営利公共政策シンクタンクおよび研究機関。環境、エネルギー、輸送政策に関連する問題について、環境規制当局に技術的、科学的、および政策分析を提供している。

(a)ECのLCA分析事例

 まずEC(欧州委員会)のLCA分析の結果を示します。本分析はEU28か国を対象にしたものです。ECの分析結果を前述の日本の結果と比較したものを図-7に示します。両者の比較をするために、ECのLCAの分析シナリオは日本のLCAの車両性能となるべく近いものを選択しています。両者の車両特性値を表-5に示しています。

 表-5にあるように、EUの対象車種は低中型車、生涯走行距離150,000km、ICEV-Gasの重量は1,325kgです。ただし燃費は日本がJC08モードに対して、EUはWLTCモードです。WLTCモードはJC08モードと比べて厳しい結果が出ると言われており、日本の燃費が526Wh/km(ICEV-Gasの場合)に対してEUは603Wh/kmとなっています。

注)「EU」はECの分析によるEU28か国の分析結果、「Japan」は日本機械学会の分析結果。
出所)European Commission: Determining the environmental impacts of conventional and alternatively fuelled vehicles through LCA, 2020. 7.13
図-7 EUと日本の車種別のライフサイクルCO2排出量

表-5 日本とECの文献のLCA計算条件

  項  目 日 本   EU平均  
生涯走行距離(km)138,000150,000
車両タイプ排気量2000ccクラス低中型車
車両重量(ICEV-Gas)1,450 kg1,325kg
走行試験モードJC08モードWLTCモード
燃費(ICEV-Gas)526 Wh/km603Wh/km
BEV蓄電池容量(kWh)7558
蓄電池エネルギー密度(kWh/kg)0.160.15
蓄電池の製造時CO2排出原単位(kg-CO2/kWh)10090
電力のCO2排出係数(g-CO2/kWh)633439
バイオ燃料の混合割合(%)05.6%
バッテリーのリサイクル使用率(%)07%
注1)電力のCO2排出係数はプラントの建設費などのエネルギー製造時のCO2を含んだもの。
注2)WLTCモードとは国際調和排出ガス・燃費試験法におけるテストサイクル(Worldwide harmonized Light duty Test Cycle)を指す。JC08モードは過去に日本で使われていたが、現在はWLTCモードに変更されている。
出所)European Commission: Determining the environmental impacts of conventional and alternatively fuelled vehicles through LCA, 2020. 7.13

 さらに、BEVの蓄電池容量は58kWhであり日本の75kWhと比べて約8割程度となっています。また、電力のCO2排出係数は439g-CO2/kWhと日本に比べてかなり小さなものです。さらにECの分析では蓄電池のリサイクルを考慮(混合率7%)しています。このことからECの分析結果ではICEVのCO2排出量が多めに、BEVのそれは少なめに出る可能性があります。

 その前提条件で図-7のECの分析結果を見てみます。まずHEVのCO2排出量がBEVよりも多く(約1.5倍)、PHEVはBEVよりわずかに多い(約1.1倍)という結果になっています(日本ではPHEVは分析されていません)。日本の結果と比べるとICEV-GasとHEV-Gasのそれが非常に多く、逆にBEVとFCVは少なくなっています。これは表-5に示した特性値から予想されることでした。

 次に、EUの車普及の現状と施策実施の効果より、将来の車種別のライフサイクルCO2排出量を図-8に示します。将来の予測については、電力の脱炭素化、蓄電池の性能向上などをシナリオとして設定しています。この結果を見ると、BEVは2030年には67g-CO2/kmと現状の約6割に、2050年には45g-CO2/kmと現状の約4割に減少します。FCVも同様の傾向がみられます(それぞれ現状の約8割、約3割)

注)年間走行距離は225,000kmのシナリオに基づく。
出所)European Commission: Determining the environmental impacts of conventional and alternatively fuelled vehicles through LCA, 2020. 7.13
図-8 将来の車種別のライフサイクルCO2排出量

 ここで、将来予測に使われたシナリオの一例を表-6に示します。蓄電池のエネルギー密度は2030年には0.3 kWh/kgに、2050年には0.6kWh/kgに向上することを想定しています。これは全固体電池の普及を想定しています。その結果、蓄電池のCO2排出原単位は現状の90kg-CO2/kWhから2030年には35kg-CO2/kWh、2050年には20kg-CO2/kWhに低減しています。

表-6 EUにおける蓄電池、電力の脱炭素化の将来シナリオ

2020年2030年2040年2050年
蓄電池エネルギー密度(kWh/kg)0.150.30.430.6
蓄電池CO2排出原単位(kg-CO2/kWh)90352320
電力のCO2排出係数(g-CO2/kWh)43925416197
注) 蓄電池のエネルギー密度とCO2排出原単位は標準ケースのグラフからの読み取り値。
出所)European Commission: Determining the environmental impacts of conventional and alternatively fuelled vehicles through LCA, 2020. 7.13

 また、電力のCO2排出係数は2030年に254g-CO2/kWh、2050年には97g-CO2/kWhに減少することを想定しています。このような2050年の電力は、再エネ(太陽光、風力、水力、バイオマス)を73%、原子力発電を15%とするなどの電源構成への移行の結果です。

 図-8から、HEVは2050年のライフサイクルCO2排出量を約2割程度しか減らすことができず乗用車の脱炭素化にはあまり貢献できないことが分かります。乗用車のCO2を大幅に削減するには電力の脱炭素化が貢献するBEVとFCVが最も効果的ということが分かります。

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(b)ICCTのLCA分析事例

 ICCTのLCA分析は主要国(米国、EU、中国、インド)を対象に、そこで生産・販売されている乗用車の部品構成や燃費などの特性を整理し、将来シナリオに基づくライフサイクルCO2排出量を予測しています。

 ICCTの分析結果によれば、HEVは従来のガソリン車と比較してライフサイクルのGHG排出量を約20%しか削減できないと報告しています。また、PHEVは電気モードと燃料モードの走行の割合によってその効果が決まり、米国ではガソリン車と比較して42%~46%、EUでは25~27%削減できるのみであるとされています。

 それに対して、BEVのライフサイクルGHG排出量はヨーロッパで66~69%、米国で60~68%、中国で37~45%、インドで19~34%削減できるとされています。この違いは、各国の電力の電源構成が異なっており、電力の脱炭素化の状況によるものです。

 主要国(米国、EU、中国、インド)で登録された代表的な中型乗用車の車種別のGHG排出量の平均値を図-9に示します。ここで、燃料はこれらの国でガソリンに添加されているバイオ燃料も考慮したものです。

出所)International Council on Clean Transportation:Global comparison of the Life-Cycle greenhouse gas emissions of combustion engine and electric passenger cars, 2021.7.1
図-9 車種別の中型乗用車のライフサイクルCO2排出量

 図-9ではBEVの蓄電池の製造におけるCO2排出量(グラフの黄色部分)が非常に小さくなっていることが分かります。これは表-7に示すように現状の蓄電池の製造時のCO2排出原単位が非常に小さくなっていることが反映されているためです。

 具体的には正極材の種類によらず製造時のCO2排出原単位は大幅に低減しており、ヨーロッパでは全てが60kg-CO2/kWh以下であり、日本でも正極材がLFPの電池は60kg-CO2/kWh以下となっています。図-9の結果はこれらの世界中で生産される蓄電池の性能と生産量を仮定してBEVのCO2排出量を算定したものです。

表-7 主要生産地域における蓄電池の製造時CO2排出原単位

正極・負極材 EU  米国  中国  韓国  日本 
NMC111 - graphite5660776973
NMC622 - graphite5457696468
NMC811 - graphite5355686367
NCA - graphite5759726770
LFP - graphite 34-3937-4251–5646–50 50–55
単位)kg-CO2 /kWh
注)NMCはニッケル、マンガン、コバルトが成分の正極材を指し、後続の数字はこの素材の割合を示す。NCAはニッケル酸リチウム、LFPはリン酸鉄リチウムの正極材を意味する。graphiteは負極材の黒鉛(グラファイト)を指す。
出所)International Council on Clean Transportation:Global comparison of the Life-Cycle greenhouse gas emissions of combustion engine and electric passenger cars, 2021.7.1

 図-9ではHEVは示されていませんが、PHEVのライフサイクルCO2排出量が約200g-CO2/kmとなっており、将来(2021~2038年)のグリッド電力のCO2排出係数を考慮したBEVに比べて3割程度多くなっています。そして、全て再エネに移行した電力を用いたBEVのライフサイクルCO2排出量は50g-CO2/kmと大きく低減しています。

 また、同様に再エネに移行した電力を用いたFCVのライフサイクルCO2排出量も非常に少ないものとなっています。このように、電力の脱炭素化が進行した時点では、圧倒的にBEVとFCVがCO2排出量の削減に寄与することが分かります。

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(2)日本におけるLCAの再計算

 ここでは、2018年に発表された日本機械学会の論文をベースに、最新のデータを用いたLCAの再計算を試みます。ここで、再計算に用いるデータ項目は、ライフサイクルCO2の算定に最も影響がある蓄電池の製造時CO2排出原単位と電力のCO2排出係数です。

(a)蓄電池の製造時CO2排出原単位

 ICCTの論文から分かったように、蓄電池の性能向上により製造時のCO2排出量は大きく改善されています。既にヨーロッパや米国では60kg-CO2/kWh以下となっているため、ここではICCTの論文に従って製造時のCO2排出原単位を60kg-CO2/kWhと設定します。

(b)電力のCO2排出係数

 日本のライフサイクルLCAの事例では電力の電源構成について2012~2014年の平均値を使用していました。そのため、ここでは最新の電源構成(2022年)とエネルギー基本計画における2030年の電源構成の目標値の2ケースを設定して再計算を行います。

 表-8に2022年(実績値)8)、2030年(エネルギー基本計画)の電源構成における電力のCO2排出係数の計算結果を示します。2022年度は火力発電は72.7%まで減少しており(2012~2014年平均は88%)、再エネが21.7%まで増加しているため、電力のCO2排出係数は542g-CO2/kWhに減少しています。

 さらに、エネルギー基本計画における2030年度における電源構成は火力発電が41%まで減少し、原子力発電が21%まで増加するとしているため、電力のCO2排出係数は322g-CO2/kWhと、前述のLCA分析で使用していた633g-CO2/kWhの半分程度まで減少しています。

表-8 2022年、2030年の電源構成における電力のCO2排出係数

電源種別個別CO2排出係数2022年度2030年度
建設燃焼割合(%)建設燃焼全体割合(%)建設燃焼全体
原子力1905.61.101.1214.004.0
石炭7986430.824.3266.1290.41915.0164.2179.2
LNG11142633.737.5143.7181.22022.285.2107.4
石油436958.23.556.960.420.913.914.8
水力1107.60.800.8111.201.2
太陽光5909.25.405.4158.908.9
風力2500.90.200.251.301.3
地熱1300.300010.100.1
バイオマス7903.72.902.954.004.0
H2・NH31110000011.101.1
合計10075.7466.7542.410058.7263.3322.0
単位)g-CO2/kWh
注1)電源種別のH2・NH3のCO2排出係数はLNG火力発電、バイオマスのそれは石炭火力発電と同じ値とした。
注2)「建設」は発電施設の建設に伴うもの、「燃焼」は化石燃料の燃焼に伴うものを指す。
出所)
個別電源種別のCO2排出係数:電力中央研究所、電力中央研究報告-日本における発電技術のライフサイクルCO2排出量総合評価、2016.
電源構成:2022年度は経済産業省Webサイト、2030年は最新のエネルギー基本計画。

(c)日本におけるLCA分析の再計算結果

 これらのデータを用いて、乗用車の車種別のライフサイクルCO2排出量を再計算した結果を図-10に示します。図-10でBEV2022はCO2排出係数が2022年実績の電力の場合、BEV2030はそれが2030年の予測電力の場合のBEVのライフサイクルCO2排出量を示しています。

注)BEV2022は2022年の電源構成による電力を使用、BEV2030は2030年の電源構成による電力を使用。FCV②Solarは太陽光発電による電力を使用して水電解を行った水素を使用。
図-10 再計算された日本の文献に基づく車種別ライフサイクルCO2排出量

 図-10より、HEVとBEVの差は2022年で非常に縮まり、2030年ではBEVの方が小さくなっています。この2030年のCO2排出量は、蓄電池のCO2排出原単位を現状のまま(60kg-CO2/kWh)と仮定しているので、ECの想定のように全固体電池が普及してより性能が向上すると仮定すると、さらにその差が大きくなります。

 また、走行距離別のCO2排出量をHEVとBEVのみ示すと図-11の通りです。BEV2030は製造時のCO2排出量がHEVよりも6割程度多いですが、走行距離が80,000kmを超えると逆転して少なくなることが分かります。

図-11 再計算された日本の文献に基づく車種別の走行距離によるCO2排出量

 今後販売する乗用車は2030年以降まで運転される可能性があり、ライフサイクルCO2排出量はHEVが優位とは言えなくなります。2030年以降のBEVはHEVよりもCO2排出量が少なくなることに留意した対策が必要です。

 なお、図-10ではFCVの水素製造において太陽光発電による電力を用いて水電解した水素を燃料とした場合のCO2排出量(図-10のFCV②Solar)も示しています。この結果はBEV2030のCO2排出量よりも少なくなっています。

 このことから2050年に向けた脱炭素社会においては、BEVとFCVが主流になると考えるのは自然なことと思われます。前回の報告でトヨタのEVの実装戦略を示しましたが、トヨタは2030年頃の蓄電池の性能向上と電力の脱炭素化への改善を見据えて、EVの開発を加速させる方針を示したと言えそうです。

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日本メーカーの取るべき戦略

 これらの結果をまとめて、今後の日本の自動車メーカーが脱炭素化に向けて取るべき戦略を示します。まず、日本での通説であったHEVのライフサイクルCO2排出量の優位性は、既に2022年時点でBEVと同程度になっていました。さらに2030年の電力の電源構成を想定すると、BEVの方が優位になってきます。

 そして、HEVは将来の電力の脱炭素化及び蓄電池の性能向上に対してはCO2排出量の削減が期待できず、BEVまたはFCVが貢献することが明らかです。今後販売する乗用車は2030年以降も稼働していると考えられますので、HEVからBEV、FCVへの移行を加速していくことが必要です。

 そのため、BEV用蓄電池の課題が解決される全固体電池が実用化された時点では、乗用車の生産をBEVに移行していく必要があると考えます。前回報告したトヨタの開発計画では全固体電池の実装化は2028年頃を予定していますので、そのタイミングでBEVを供給できる生産体制が望まれます。

 ただし、BEVは本格的な普及が始まってまだ間もないことから、BEVの欠点や課題が今後発見されてくることが想定されます。例えば、低気温に弱いリチウムイオン電池の特性から寒冷地向けの車種、例えばFCVが求められることなどです。

 そのような課題が克服できない場合には、長期的な戦略として合成燃料や水素を使用するICEVの復活もあるかもしれません。脱炭素社会というこれまで経験したことのない社会を実現するためには、技術革新と社会構造の変革が必要です。

 トヨタを始めとした日本企業も北米等でのリコールを経験してそれを克服してきた歴史があります。どのような技術も初めから完全なものはないので、課題の発見と改善を繰り返していくことが必須です。

 そのために、BEVを中心とした脱炭素モビリティの研究開発、実用化の過程での課題の洗い出しと対策の導入を、自動車メーカーとして真剣に進めて行っていただきたいと思います。

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<参考文献>
1) International Energy Agency (IEA):Global EV Outlook 2019、Securing supplies for an electric future, https://www.iea.org/reports/global-ev-outlook-2019
2) European Commission: Determining the environmental impacts of conventional and alternatively fuelled vehicles through LCA, 2020. 7.13
3) Ryuji Kawamoto, Hideo Mochizuki, Yoshihisa Moriguchi, Takahiro Nakano, Masayuki Motohashi, Yuji Sakai, and Atsushi Inaba: Estimation of CO2 Emissions of Internal Combustion Engine Vehicle and Battery Electric Vehicle Using LCA, 2019.5.11
4)石崎啓太、中野冠、内燃機関自動車,ハイブリッド自動車,電気自動車,燃料電池自動車における車内空調を考慮した量産車両LCCO2 排出量の比較分析、日本機械学会論文集、Vol.84, No.855, 2018.
5)日本自動車研究所:総合効率とGHG 排出の分析報告書、2011.
6)電力中央研究所: 電力中央研究報告-日本における発電技術のライフサイクルCO2排出量総合評価、2016.
7) International Council on Clean Transportation:Global comparison of the Life-Cycle greenhouse gas emissions of combustion engine and electric passenger cars, 2021.7.1
8)経済産業省:公式Webサイト、ニュースリリース、2022年度エネルギー需給実績(速報値)