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乗用車(7)-全固体電池の開発はどこまで進んだのか?

 COP28の合意事項である「化石燃料からの脱却」を促進するにはモビリティの脱炭素化を避けて通ることはできません。前々回はトヨタがいよいよEVの本格的な生産に乗り出す計画であることを取り上げました(「乗用車(6)-見えてきた、トヨタのEVバッテリー戦略」)。それは、全固体電池の実用化を含むEV用蓄電池の性能向上を前提としていました。

 現在のEV用蓄電池には燃料で駆動する自動車(ICEV)に比べて航続距離、安全性、充電時間、寿命、コスト等における課題が残されています。各国政府がEVへの補助金を提示して普及を進めようとしていますが、その普及のスピードが低下している地域もあることが報告されており1)2)3)、これはそれらの課題が顕在化してきていることが一因と思われます。

 全固体電池(All-solid state battery、ASSBまたはSSB)はこれらの課題を解決するものとして期待されているものの、これを搭載した乗用車は依然としてマーケットに出てきていません。多くのユーザーが期待しているSSBですが、トヨタもその投入は2027、2028年頃を目標としています。

 プロトタイプのSSBが開発されているのに、それが搭載された乗用車が販売されないのはなぜなのか、不思議に思っている方も多いのではないでしょうか。そのため今回は、SSBの開発の状況をサーベイし、量産化における課題や対策について調べました。

 まず初めにEVに使われているリチウムイオン電池(LIB: Lithium-ion battery)の特性について整理します。LIBは携帯電話、ノートパソコンなどの家電製品に使われて優れた性能を発揮してきました。しかし、EVに使用するためには安全性の向上、電池容量の拡大、高速充電などの大きな課題を解決しなければなりません。

 そうした課題に対して既存のLIBの限界を整理した上で、SSBではどのように改善するのかを明らかにしていきます。SSBは電解質を固体にしたLIBの一種ですが、その固体電解質として有望な物質と、正極、負極の材料の候補に関する分析結果を最近の研究論文をもとにとりまとめます。

 そして、SSBの何が開発上のネックになっているのかを整理し、現状の研究においてどの方式が実用化に最も近いとされているかについても整理します。さらにトヨタが発表した硫化物の固体電解質を用いたSSBの課題解決方法を整理していきます。

<本報告のコンテンツ>

LIBの概要と課題
(1)LIBの概要
 (a)LIBの構成要素と充放電の原理
 (b)LIBの特性
(2)既存のLIBの課題
 (a)航続距離
 (b)安全性
 (c)充電時間
 (d)寿命
(3)全固体電池による課題の解決方法

全固体電池の開発状況
(1)固体のイオン導電体の開発
(2)固体電解質の種類と特性
(3)正極材
(4)負極材

有望な全固体電池の構成と課題の対応策
(1)正極・負極材と固体電解質の組合せ
(2)硫化物SEを固体電解質とした場合の課題と対応策

おわりに

<本報告で使う略号の意味>

SSB(ASSB)(All) Solid state battery全固体電池
LIBLithium-ion batteryリチウムイオン電池
SESolid electrolyte固体電解質
LELiquid electrolyte液体電解質
CAMCathode active material正極活物質
AAMAnode active material負極活物質
LMALithium metal anode金属リチウム負極

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LIBの概要と課題

(1)LIBの概要

(a)LIBの構成要素と充放電の原理

 蓄電池は充電と放電を繰り返し行うことができる電池(2次電池ともいう)です。その原理を分かりやすく説明すると以下の通りです4)。図-1に代表的な蓄電池であるリチウムイオン電池(LIB)の模式図を示します。LIBの主要な構成物は正極、負極、電解液、セパレータです。

出所)吉野彰:電池が起こすエネルギー革命、科学と人間、NHK出版、2017年
図-1 一般的なリチウムイオン電池の原理

 本報告での電解質は固体電解質(SE: Solid electrolyte)を対象としていますが、ここではLIBで一般的に使われている液体の電解液(LE:Liquid electrolyte)として説明します。一般的な液体電解質のLIBをLE LIBまたは単にLIB、固体電解質のLIBをSE LIBと表記されるのが一般的です。

 LIBは一般的に正極にはリチウム化合物、負極には黒鉛(グラファイト)が使われており、セパレータはイオンを透過できる素材が使われます。電解液は有機溶媒中にリチウムイオンが溶解したものです。電解液の溶媒が水でないのはリチウムイオン電池の起電力が水の電気分解電位を超えてしまうからです。

 電解液にはエチレンカーボネート(EC)やジメチルカーボネート(DMC)などを混合した溶媒と、電解質としてはLiPF6などが一般的に使用されます5)。図-1は電解液が多量にあるように書かれていますが、実際には極めて薄い層に正極、電解液、セパレータ、負極が納められています。

 図-1で充電時は外部の電源から電気を流すことで電子が負極に流れ、リチウムイオン(Li)が黒鉛の空隙に取り込まれ、正極では電子が失われるためリチウムイオンが溶出します。

 放電はその逆で黒鉛の空隙からリチウムイオンが放出され、電子が負極から正極に向かって流れ、正極ではリチウムイオンが電子を受け取ってリチウム(Li)が付着することになります。

 この充放電は可逆的な反応であり、元の状態に戻ることで繰り返し電流を流すことができます。LIBの特徴は負極では化学反応を伴わずリチウムイオンが黒鉛の空隙に挿入と脱離を繰り返すだけのため、化学反応としての副反応が少なく、サイクル寿命を延ばすことができるとされています4)

(b)LIBの特性

 これまでのEVで使われてきた蓄電池の特性を整理したものを表-1に示します。表-1では4種の蓄電池を示しています。鉛蓄電池は現在も自動車のエンジン始動用のバッテリーとして使われており、ニッケル水素電池はハイブリッド車(HEV)でも使われています。BEV用の蓄電池はLIBが中心です。

 電圧は鉛蓄電池が2V、ニカド電池(ニッケルカドミウム電池)、ニッケル水素電池は1.2V、LIBは3.6Vです。この電圧は正極と負極のイオン化傾向から決まります。具体的には正極と負極の酸化還元電位差より求めることができます。

 さらに、LIBの特徴としてエネルギー密度が高いことが挙げられます。蓄電池の重量エネルギー密度が高いと軽量化でき、体積エネルギー密度が高いと小型化できます。以上のことからLIBは他の蓄電池に比べて高電圧で、小型軽量化が特徴です。

 ただし、起電力が高いことによって電解液は水溶液ではなく有機溶媒による電解液とする必要があり、これが可燃性であることからEV用の電池として安全性の課題が生じることになっています。

表-1 蓄電池の特性

鉛蓄電池ニカド電池ニッケル水素電池リチウムイオン電池
電圧2V1.2V1.2V3.6V
正極酸化鉛
PbO2
オキシ水酸化ニッケル
NiOOH
オキシ水酸化ニッケル
NiOOH
コバルト酸リチウム
LiCoO2
電解液硫酸
H2SO4
水酸化カリウム
KOH
水酸化カリウム
KOH
ルイス塩
有機電解液
負極
Pb
カドミウム
Cd
水素吸蔵合金グラファイト
C
重量エネルギー密度30~50Wh/kg55~65Wh/kg90~100Wh/kg200~250Wh/kg
体積エネルギー密度50~100Wh/L170~210Wh/L340~390Wh/L460~700Wh/L
出所)電池工業会:公式Webサイト、電池について
エネルギー密度:国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構:車載用蓄電池分野の技術戦略策定に向けて、2015年10月

 LIBの容量は正極材(リチウム化合物)と負極材の種類によって変わります。容量とは電池に貯められる電力量のことであり、満充電状態から放電を開始し、放電終止電圧に達するまでに放出する電気量を言います5)。1gの正極材当りの容量(Ah/g)で示されます。

 一方、容量については作動電圧を考慮した電力量Wh)としての容量を使う場合もあり、これも1gの正極材当りの容量(Wh/g)で表します。正極材がコバルト酸リチウムとリン酸鉄リチウムの場合の容量を比較したものを表-2に示します。

表-2 正極の種類によるLIBの実容量と平均作動電位

  正  極A 実容量(mAh/g)B 平均作動電位(V)A・B(Wh/g)
コバルト酸リチウム1403.70.518
リン酸鉄リチウム1703.50.595
注1)コバルト酸リチウムの理論容量は274 mAh/gです。実容量140 mAh/gは理論容量のうち実際に使用できる量を考慮して設定されたものです。
注2)上記の負極はどちらもグラファイトを前提としています。
出所)電池の情報サイト: https://kenkou888.com/

 コバルト酸リチウムを正極としたLIBの実容量は140mAh/g、平均作動電位は3.7Vです。コバルト酸リチウムの理論容量は274mAh/gですが、結晶は層状構造であり使用する電力量を増やし過ぎる(リチウムイオンを多く引き抜く)と結晶構造が保てなくなり壊れてしまうため、使用できる実容量を制限しています。また、リン酸鉄リチウムの実容量は170mAh/g、平均作動電位は3.5Vです。

 この実容量(A)と平均動作電位(B)を乗じた値(A・B)を最右欄に示しています。この値と表-1の重量エネルギー密度が異なるのは、実容量(mAh/g)の分母の重量が正極の重量であり、電池パックの重量ではないからです。表-1の重量エネルギー密度の分母は正極、負極、電解液、セパレータ、パッケージなどが含まれたセル全体のものであるため、この値より小さくなります。

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(2)既存のLIBの課題

 これまでの報告に示したように、EV用のLIBの課題には航続距離、安全性、寿命、充電時間の課題があります。ここでは、それぞれの課題についてEV用のLIBとしての開発上の課題について示していきます。

(a)航続距離

 航続距離に係る蓄電池の特性はバッテリー容量(kWh)です。これまでの中小型のEVは50~60kWh程度のLIBを積むのが限界でしたので、1回の充電当たりの航続距離は400~500km程度でした。航続距離を十分に増大できないのは、以下の3つの要素があります。

・車内に搭載できるLIBの容量と重量の限界
・空調を使用する電力量の増大による航続距離の低減
・液体電解液の特性による低温時のLIBの性能低下

 まず、LIBの搭載容量の限界についてですが、トヨタのbZ4Xは71.4kWhのLIBを搭載し、カタログでの航続距離は567kmです6)。またTesla model3 (long range)でも航続距離は700km程度です7)。他に800km程度の航続距離のEVも現れていますが、メジャーなところでは700kmが最長の航続距離と言えそうです。

 現在のLIBの重量エネルギー密度を200Wh/kg、体積エネルギー密度を600Wh/L程度(電池のセルレベル)と仮定すると(表-1参照)、bZ4XのLIBのセルだけの重量は357kg(=71.4/0.2)、体積は119L(=71.4/0.6)となり、バッテリーパックの重量と体積はさらに大きくなります。重量が重くなると当然燃費も悪くなり、体積が大きくなると車内を圧迫するため、中型車の車載用としてはこれが限界と思われます。

 次に、この航続距離に空調(エアコン)の電力を加味すると1割から2割程度航続距離が減少します。前回の報告では東京の気温(5~26℃、平均15℃)をもとに空調による燃費の軽減を9%(年間平均値)と見なしていましたが、寒冷地では空調の影響は非常に大きく出ると考えられます。

 さらに、LIBの大きな欠点として低温でのパフォーマンスの低下が挙げられます。LIBの能力に対する気温との関係をサーベイした文献によると、従来の電解液では気温が−30℃では68%、−40℃では20%に容量が減少すると記載されています8)

 外気温によるエネルギー消費の影響を乗用車の車種別に示したものを図-2に示します9)。この図は空調の影響も加味したものですが、外気温20℃を基準(100%)とした外気温別の消費エネルギーの割合(%)を示しています。BEVの暖房は電熱ヒーターとエアコン(HP: Heat Pump)の2種があり、それらの違いも示しています。

注)HPは空調をヒートポンプ(エアコン)で行う場合を指す。
出所)European Commission: Determining the environmental impacts of conventional and alternatively fuelled vehicles through LCA, 2020. 7.13
図-2 エネルギー消費量の外気温による影響

 空調をヒーターで行うBEVは−20℃においては20℃の時のエネルギー(電気)の2.33倍が消費され、エアコン(HP)で行うBEVは1.68倍にとどまっています。これに対して、エンジン車とHEVは−20℃でも1.2倍程度です。ここでは−30℃についてのデータはありませんが、低気温におけるBEVの燃費の低下と、それによる航続距離の大幅な低減が想像されます。

 一般的には、EVの公称能力は気温が10℃から30℃の場合の性能をカタログ等に記載してあると考えられます。この外気温によるLIBの能力低下は電解質が液体であることが原因です。これは、電解液は温度が下がるとイオン伝導度が低下することに起因しています。

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(b)安全性

 LIBには電解液として有機溶媒が使われており、これが可燃性であることで安全性への懸念があります。EVの衝突等によりLIBのセパレータが破損し、正極と負極が接触することでショートして発火し、電解液が燃焼することが課題です。

 EVの普及に伴ってLIBの発火が原因の火災事故の記事が多くみられるようになりました。自動車の衝突によって火災が起きることはICEVでもガソリン等への引火、燃焼という危険性があるので、EVがことさら危険ということではありません。しかしLIBに特有の発火原因があるので、それへの対策が重要です。

 LIBが普及し始めた頃、携帯電話やパソコンなどのLIBでの発火事故がよく見られました。その原因は電池の温度上昇による熱暴走(温度上昇の正のフィードバック)でした10)。最近では温度上昇時には電流を流れなくするという安全システムが導入されており、その種の事故は少なくなっています。

 また、LIBの製造時に異物が混入しそれが充放電サイクル中にセパレータを損傷し、正極と負極の間でショートして発火することや、製造の不具合により負極で成長した金属リチウムがセパレータを破損してショートする現象もみられました。これに対しても、製造過程での品質を向上させる努力が続けられています(写真はNITE資料より引用)。

 前々回の報告でトヨタの安全対策として、充放電時の発熱を監視し、電圧・電流の制御を行う安全システムの導入を紹介しました。また、日産のリーフはバッテリーを守る車体構造、バッテリー部品の絶縁構造、過電圧・過放電・過熱を防止するLIBコントローラを導入して、販売以来一度もLIBが原因の火災事故は発生していないとされています11)

 このように安全性を向上させる設計管理、品質管理が行われていますが、さらなる安全性の向上のために、可燃性の液体電解質(LE)を不燃性である固体電解質(SE)に変更することが最も根本的な解決策になります

(c)充電時間

 BEVの大きな課題は充電時間にあると言っても良いでしょう。トヨタの公式サイトから充電時間の一例を表-3に示します。トヨタのBEVであるbZ4Xを普通充電3kW(16A、200V)で満充電するのに21時間、6kW(16A、200V)で12時間かかります。50kWの急速充電機(125A)で30分の充電では35%、90kW(200A)のそれでは60%程度の充電ができるとしています6)

 急速充電器は高速道路のPAでは1回30分の制限があるので、1回の充電で満充電されないため繰り返し充電することが必要になります。また、LIBに共通することですが、充電量が80%を超えると局所的な異常発熱の可能性があるため、80%から100%(満充電)までは充電量を抑制するため、さらに時間がかかります。

表-3 充電時間の一例(トヨタbZ4Xの事例)

普通充電急速充電
No充電機能力満充電時間No充電機能力30分間での充電率
13kW(16A、200V21時間150kW(125A)35%
26kW(16A、200V)12時間290kW(200A)60%
注1)コバルト酸リチウムの理論容量は274 mAh/gです。実容量140 mAh/gは理論容量のうち実際に使用できる量を考慮して設定されたものです。
注2)上記の負極はどちらもグラファイトを前提としています。
出所)電池の情報サイト: https://kenkou888.com/

 充電時間は電子とイオンの伝達速度の影響を受けます。これらの伝達速度は電子(またはイオン)伝導率で表わされ、単位はS/mです。ここで、Sはジーメンスと呼び、抵抗オームの逆数です。抵抗が少ないほど電子やイオンが伝わりやすいとイメージすれば良いです。

 金属中の電子伝導率は非常に早く、105~6S/cmです。一方、電解液(エチレンカーボネート、エチルメチルカーボネートの混合溶媒)中のリチウムイオンのイオン伝導率は20℃で10-2S/cmです。電解液中のリチウムイオン伝導率は電子伝導率に比べて7~8桁遅く、充電速度はイオン伝導率に律速されます

 このイオン伝導率の速度が遅いため、LIBの充電に時間がかかることになります。なお、充電器の違いによる普通充電と急速充電の違いは、普通充電が3または6kWで充電するのに対して、急速充電では50kW以上で充電できることです。この違いは「普通充電は交流電源から車両内部で直流に変換して充電する」のに対し、「急速充電では直接直流で蓄電池を充電する」ことで高速になるとされています。

 トヨタはSSBの導入によって充電時間10分(SOC10→80%)を実現するとしています。なお、充電時間はSEにより改善されるとされていますが、電解質の種類によってはLEより遅いこともあるので、注意する必要があります。

(d)寿命

 LIBのリチウムイオンの負極での反応は、挿入・脱離反応であり化学反応ではないため副反応が少ないとされていますが、実際には負極表面にリチウムを含む劣化物が蓄積して、その能力が低下していきます。携帯電話のLIBの場合は充電回数500回以上で充電容量が80%以下になる可能性があります(iPhone説明書)。

 EV用のLIBでもメーカーの保証は10年、走行距離200,000kmまで電池容量維持率70%を保証(トヨタbZ4Xの場合)しています。すなわち、走行距離が200,000kmを超えると、電池容量維持率が70%を下回る可能性があるということです。

 もともと1回の充電当たりの航続距離が短いBEVですが、充放電を繰り返すうちに電池容量が低下していくためさらに航続距離が短くなることになります。日本においては年間平均走行距離1万km、車両使用期間13年という統計があり、20万kmを走行することは少ないのですが、bZ4Xほど電池容量が大きくないBEVは電池の寿命に不安が残ります。

 寿命を左右する負極での劣化や電解質の体積の膨張による破損を防止できれば電池の寿命を伸ばすことができます。このBEVのLIBの耐久性はSSBとなっても同じ課題を解決することが求められます。

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(3)全固体電池による課題の解決方法

 SSBはLIBの電解質を固体とすることでこれまで説明してきた航続距離、安全性、充電時間、寿命を改善することを目指しています。その改善の理由については既に以前の報告で概要を示しています(「乗用車(6)-見えてきた、トヨタのEVバッテリー戦略」を参照ください)。

 最近、SSBの開発状況についての詳細なサーベイが発表されました12)。それによるとこれまでのLIBの課題を解決するためには以下の対策が必要とされ、SSBによりこの課題を解決しようとしていることが示されています。

 a) 金属リチウム (およびシリコン) 負極の使用→エネルギー密度の向上→航続距離
 b) 濃度分極を回避する単一イオンSEの使用→寿命、充電時間

 c) 可燃性のLEの重量分率の削減→安全性
 d) 熱的に安定な SE の使用→イオン伝導率の向上→充電時間、安全性

 上記のうちaは負極の材質を変えることであり、bからdまではSEの優れた特性を利用するというものです。まず、負極の材質を金属リチウムまたはシリコンに変えることでエネルギー密度の向上を図り、航続距離を増加させます。次に、SEの特徴である濃度分極を回避する単一イオンによって長寿命化し、イオン伝導率の向上で充電時間の短縮、そして熱的な安定により安全性を向上させます。

 この文献をもとにSSBによる課題解決の可能性を列挙したものを表-4に示します。既存のLIBの4つの課題とSSBが選択しうる手段の効果を示しています。

 表-4ではSSBで採用しうる負極やSEの特性によって大きな効果が出る可能性が示されています。ただし、これは個別の選択肢の課題解決効果を示したもので、SE、正極、負極の組合せによってその効果は変わってきます。

表-4 全固体電池による課題解決の可能性

 課 題   評価指標     LE LIB  全固体電池(SSB)
航続距離容 量エネルギー
密度(負極)
グラファイト:360mAh/g金属リチウム:3,862 mAh/g
シリコン粒子:3,579 mAh/g
電力量容量200~250Wh/kg350~500Wh/kg
安全性液体電解質の可燃性液体電解質(可燃性)固体電解質(不燃性)
充電時間イオン伝導率一般的なLE
 3×10-3~8×10-3 S /cm
硫化物SE
 2~3×10-2S/cm
寿命耐久性液体電解質の漏洩電解質の漏洩の問題はない
有害ガス発生の可能性(硫化物SE)
副反応複数のイオンが存在し、
副反応が生じやすい
単一イオンのため、
副反応が生じにくい
注)本表は全固体電池の課題解決の可能性を示したもの。固体電解質、正極、負極の組合せにより解決の内容は変わる。参考文献12をもとに作成。

 また、これらを選択することで既存のLIBでは問題がなかった課題も生じてきます。以下では前述の文献に沿って具体的なSSBの開発状況について、新たに生じる課題なども含めて解説していきます。

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全固体電池の開発の状況

(1)固体のイオン導電体の開発

 SSBの特徴は電解質が固体であることです。電池の原理は電解液中のイオンが負極と正極を行き来することで電気を流します。このイオンの移動が固体内でできるのかということに疑問を持たれる方も多いと思います。

 固体中をイオンが移動する物質をイオン導電体と言い、この物質に関する研究は120年以上前から行われていました13)。最初に酸化物イオン導電体である酸化ジルコニア(ZrO2)に陽イオン(Ca2+、Y3+)を添加すると酸素空孔が生じてイオンが伝導することが発見されました。

 初めに発見されていたイオン導電体は高温でしかイオンを伝導しませんでしたが、室温でもイオン伝導を行う物質が研究されました。その後、銀や銅系の物質のイオン伝導率が室温でも高いことが発見されました。

 研究の進展に伴い、研究のテーマは室温でイオン伝導率が高いことから電池に利用される場合に移動するイオンが軽い(Li=6.9g/mol)ことや電池電圧が高い(リチウムは最もイオン化傾向が強い)ことも求められました。

 その結果、現在の研究の中心はリチウムなどの軽いイオンを含むイオン導電体を中心に研究されており、電池での利用を考慮してSEと負極と正極との組み合わせが重要となってきています。以下ではLIBの基本構成であるSE、正極材、負極材のそれぞれについて説明していきます。

(2)固体電解質の種類と特性

 EVのLIBに用いられるSEで有望と考えられるものは以下の3種です。

 ・硫化物SE
 ・酸化物SE
 ・ポリマーSE

 硫化物および酸化物SEは、ガラス結晶、またはガラスセラミックの状態で使用されます。硫化物SEはリチウム、硫黄に加えて、リン、シリコン、ゲルマニウム、ハロゲン化物が混合されます。

 酸化物SEはリチウム、酸素に加えてリン、チタン、アルミニウム、ランタン、ゲルマニウム、亜鉛、ジルコニウムなどの元素を含んでいます。対照的にポリマーSE は、ポリマー/リチウム塩錯体または単一イオン伝導性ポリマーのいずれかで構成されます。

 これらの固体電解質の特徴を比較したものを図-3に示します。ここでは、以下の評価指標をもとに比較していきます。

 i) リチウムイオン伝導率
 ii) 金属リチウムとの適合性
 iii) 長期動作安定性(耐久性)
 iv) 高電位適合性
 v) セパレータとしての適合性
 vi) 正極電解質としての適合性

出所)Thomas Schmaltz, Felix Hartmann, Tim Wicke, Lukas Weymann, Christoph Neef, and Jürgen Janek: A Roadmap for Solid-State Batteries, Advanced Energy Materials, Wiley-VCH GmbH, 2023
図-3 3種の固体電解質の評価値比較

 「リチウムイオン伝導率」は充電速度を上げるのに重要な要因です。「金属リチウムとの適合性」は後に示すように、容量が非常に大きい金属リチウムを負極材として用いるとエネルギー密度の向上すなわち航続距離の増加につながるため、それとの接着安定性などが求められます。「長期動作安定性」は正・負極で副反応が少ないことや充放電サイクルにおいて細孔や亀裂が生じないなどの長寿命化の要因です。

 「高電位適合性」と「正極の電解質としての適合性」は高電位で正極と不可逆反応を示す場合があり、正極との接着性、低い界面抵抗が求められます。また「セパレータとしての適合性」とは、発生するデンドライト(リチウム樹枝状結晶)に対する耐性(弾性率、降伏強度)などの性能が求められます。

 図-3より、全ての評価指標を満足するSEはないことが分かります。このうち、SEの種類別の正味イオン伝導率を図-4 に示します。この図からは硫化物SEのイオン伝導率が高いことが分かります。硫化物SEは現在最も有望な正極電解質の候補です。硫化物の柔らかさにより、活物質との良好な界面接触が可能になり、充放電のサイクル中の亀裂や細孔の形成をある程度軽減します。

出所)Thomas Schmaltz, Felix Hartmann, Tim Wicke, Lukas Weymann, Christoph Neef, and Jürgen Janek: A Roadmap for Solid-State Batteries, Advanced Energy Materials, Wiley-VCH GmbH, 2023
図-4 電解質別のイオン伝導率

 しかし、硫化物SEは通常、金属リチウム負極および正極活物質との界面不安定性に悩まされるため、SSBの大量市場での実用化は現在限定されています。さらに、いくつかの硫化物は空気中の水分との反応により有毒なH2SおよびSO2ガスの放出を引き起こす可能性があります。

 これらの硫化物SEのうち、リチウムベースのアルギロダイト Li6PS5X (X= Cl、Br、I) および関連するSE (例: Li5.5PS4.5Cl1.5) は、その高いイオン伝導率、考えられる経済効率の高い生産、および金属リチウム負極との適合性により特に有望と考えられています。

 次に、ほとんどの酸化物SEは硬質で、高温の影響を受けず、高電圧を提供し、充放電サイクル中の分解反応を制限します。しかしイオン伝導率が低いため、合理的なイオン伝導率を得るために、コスト効率の悪い焼結ステップが必要になることが多く、高温で不安定な正極活物質との同時加工にも課題が生じます。

 いくつかの有望な酸化物は、金属リチウムに対して(電気)化学的に安定であり、デンドライトの形成を軽減しますので、SE電解質ではなくSEセパレータとして考えられています。

 最後に、ポリマーSEは通常、柔らかく、柔軟性が高く、加工性が向上し、改良されています。また、大規模な製造方法がすでに確立されており、経済効率が高く、高価な原材料は通常は不要です。しかし、酸化物SEと同様にイオン伝導率が低いことやリチウムデンドライトの浸透に対する耐性が弱いことが課題です。

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(3)正極材

 LIBのこれまでの正極材はリチウム化合物です。この正極材を選択する上での重要な評価指標は、コスト、原材料の入手可能性、高容量、長いサイクル寿命、急速充電の互換性、および高電圧での安定性です。正極材の候補として挙げられるのは以下の3種です。

 ・ニッケルリッチ層状酸化物(高容量)
 ・リチウムリッチ層状酸化物(高電圧)
 ・リン酸鉄リチウム(低コスト、希少金属非含有)

 まず、1つめの正極材は高エネルギーの以下のニッケルリッチ層状酸化物であり、既に多くのEV用LIBに使用されています。なお、正極材として用いられる言葉として正極活物質(CAM:Cathode active material)と呼ぶことがあります。

 ・NMC:LiNi1-x-yMnxCoyO2
 ・NCA:LiNi1−x−yCoxAlyO2
 ・NMCA:LiNi1−x−y−zMnxCoyAlzO2

 これらの平均動作電位は3.8V(Li+/Li に対して)、最も高い理論容量は275 mAh/gです。しかし、リチウムの脱離が進むと構造が不安定になるため、その容量を制限して使う必要があります(既に既存のLIBの正極材コバルト酸リチウムのところで説明しました)。

 さらに2番目の正極材のスピネル型酸化物(LMO:LiMn2- xNixO4)は、優れたサイクル安定性と高電位(Li+/Li に対して4.6 V) での動作を提供しますが、容量が限られており(理論容量は148mAh/g)、自動車のLIB 正極材としてはあまり需要がないとされます。

 最後に、3番目のリン酸鉄リチウム(LiFePO4(LFP) および LiMnxFe1−xPO4)は、実容量160mAh/g、動作電位3.3V(Li+/Li に対する)であり、コストが低く、安全な動作、熱安定性、つまりパックレベルでの冷却が少なくて済むなどの特徴があります。LFPは鉄や銅の硫化物や元素状硫黄などの正極材が研究されており、低コストと高エネルギー密度の組み合わせが期待されています。

 しかし、この研究は主に速度論的問題、副反応、および大きな体積変化によって引き起こされる脱リチウム化の極度の機械的ストレスによって引き起こされる問題に対して明確な対策を打ち出せないのが現状です。

(4)負極材

 グラファイト(黒鉛)は、実用的な重量エネルギー密度が高く(≈360mAh/g)、動作電位が低く、可用性が高く、安全な操作、およびかなり低コストであるため、現在LIBで最も一般的な負極活物質(AAM:Anode active material)です。しかし、より大きな容量を求める場合はこのグラファイトでは十分ではありません。

 そこで、より大容量を持つ負極が候補として考えられています。それが金属リチウムシリコンベースの負極です。金属リチウムの重量エネルギー密度は3,862 mAh/g、シリコンのナノ粒子は3,579 mAh/gであり、グラファイトの10倍の容量を持ちます。さらに、動作電位も低く電池の高い起電力を生成できます。

 しかし、金属リチウムを負極とすると充放電を繰り返すことでデンドライト(dendrite、リチウムの付着が樹枝状に成長したもの)が生成し、負極の体積が変化して機械的ストレスによる性能低下、SEとの界面接触の不具合や細孔、亀裂が形成されます。

 このデンドライトの生成を防止する有望な対策として炭素化合物を含む金属リチウムなどの複合材料の適用が想定されますが、これは容量が小さという欠点を持っています。そのためこのデンドライトの形成に関する制御因子について現在研究中であり、この問題を解決することで電池容量の飛躍的拡大が進むことになります。

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有望な全固体電池の構成と課題の対応策

(1)正極・負極材と固体電解質の組合せ

 LIBでは、1つのLEがセル全体に使用され、特定の用途に対応する添加剤の追加によって最適化されています。SSBでは、複数の電解質が必要になる可能性が高く、それぞれの電解質をさまざまなセル部分の特定の要件に合わせて調整する方法が有力です。

 硫化物SEはイオン伝導率が高いため、正極電解質、負極電解質、セパレータのすべての使用に適しています。特に、LPSガラスSE塩素アルギロダイトSEは、硫化物SEの有望な選択肢です。そして、正極と負極の組合せは、NMCまたはNCAを正極とし、シリコンまたは金属リチウムを負極とした組み合わせが最も有力です。

 固体正極電解質は、正極の体積変化を緩和し、正極活物質(CAM)に対して安定した界面を形成する必要があるため、硫化物SEを用いる場合は正極のコーティングなどによる酸化に対する保護が必要です。そして硫化物SEが高い有効イオン伝導率を達成するには、最適なパーコレーション、細孔のない正極複合材料の製造技術、粒子サイズ分布の最適化、サイクリング中の亀裂形成の防止が重要です。

 SSBの構成の一例を図-5のb)に示します。負極に金属リチウム(LMA)、セパレータに酸化物SEを配置しています。正極は、NCA、NMCなどの正極活物質(CAM)、硫化物SE、導電剤(additives)、有機バインダーの混合物で構成されています。金属リチウムの容量が大きいため、正極活物質の量が多くなっています。

(Cathode: 正極、Anode: 負極、CC: 集電体; LE: 液体電解質、SE: 固体電解質; AAM/CAM: 負極/正極活物質; LMA: 金属リチウム負極)。
図-5 LE LIBと金属リチウム負極を備えた全固体電池(SSB)

 このように、現在の有望なSSBのSEは金属リチウム側(負極)に酸化物SEを、正極側に硫化物SEを使用するハイブリッドSEとすることが想定されます。酸化物SEはセパレータとしての役割も有しています。ただし、硫化物SEの空気中の水分との反応によるH2Sなどの発生に対する課題の解決策は未解決です。これらの課題を解決できる企業がSSBの実用化に近づくものと思われます。

 これらの研究は多くのメーカー、研究機関で実施されており、現在の研究ではセルレベルで約350Wh/kgの重量エネルギー密度に達しており、将来は500Wh/kgの可能性もあることが報告されています。

(2)硫化物SEを固体電解質とした場合の課題の対応策

 硫化物SEはイオン伝導率が非常に高く、正極電解質との適合性は比較的高く評価されていたものの、他の評価指標は低くなっていました(図-3)。特に金属リチウムとの適合性、高電位適合性は低くなっていました。そこで、ここではこれらの課題に対する対応策の一例について整理したものを表-5に示します。

表-5 硫化物SEの課題への対応策の一例

 評価項目   課  題       解決方法
金属リチウムとの適合性充放電サイクル中に体積変化が生じるため、機械的ストレスによる性能低下と接触性の低下金属リチウム負極(LMA)に対して電気化学的に安定でデンドライトの形成を緩和する酸化物SEを配して適合性を高める(文献12)
高電位適合性硫化物SEは高電位ではNMCまたはNCAと適合せず、界面で有害な不可逆反応(発熱反応など)を引き起こす正極活物質(CAM)にコーティング (LiNbO3 またはLiAlO2など)して界面を安定させる方法や、リチウムイオン伝導性中間層 (LLZO、LiI、LiF など) を適用する(文献12)
正極電解質としての適合性脱リチウム化の度合いが高くなると構造が不安定になり、界面の接触性が悪くなるCAMとSEの間の界面安定性を改善するために適切な保護コーティングまたは安定化ドーパント、傾斜組成などの化学的安定化対策を実施(文献12)
長期動作安定性(耐久性)LMAの不均質なリチウムめっきと剥離が発生し、SEとの界面接触の問題やSEで細孔や亀裂が生じる出光興産が開発した柔軟性と密着性が高く、割れにくいSE材料技術とトヨタの材料技術を融合させた高性能SE材料の適用(文献14)
セパレーターとしての適合性SEセパレータの強度、界面の均質性、局所的な電気化学的安定性などがデンドライトの成長に対して影響を与える負極側に配置した酸化物SEをセパレータとしても使用。酸化物SEの硬質でサイクル中の分解反応を抑制する機能を利用。
安全性水分との反応によるH2Sなどの有毒ガスの発生出光興産の水に強い(高耐水性)硫化物SEの採用(文献15)
注)上記の課題の解決法は参考文献から類推したもので、トヨタのSSBが採用する技術とは限りません。
出所)Thomas Schmaltz, Felix Hartmann, Tim Wicke, Lukas Weymann, Christoph Neef, and Jürgen Janek: A Roadmap for Solid-State Batteries, Advanced Energy Materials, Wiley-VCH GmbH, 2023
トヨタ:公式Webサイト、出光とトヨタ、バッテリーEV用全固体電池の量産実現に向けた協業を開始、2023年10月12日
トヨタイムズ:全固体量産へ出光・トヨタがタッグ、「実現力」で狙う世界標準、2023年10月13日

 多くの硫化物SEは高電位ではNMCまたはNCAと適合せず、界面で有害な不可逆反応(発熱反応など)を引き起こします。そのため、正極活物質にコーティング (LiNbO3 または LiAlO2 など) して界面を安定させる方法や、リチウムイオン伝導性中間層 (LLZO、LiI、LiF など) を適用する方法もあるとされています。

 また、急速充電の際にSEの不均一な電流分布によりデンドライト(樹枝状結晶)の形成につながる可能性があるため、正極電解質とセパレータの役割を持つ酸化物SEを採用しています。またデンドライトの発生を抑制する高いSEの均一性と低い欠陥密度という硫化物SEの品質確保が重要です。これは硫化物SEを製造する際の高品質を確保する生産技術に依存します。

 そして最も大きな課題は水分との反応によるH2Sなどの有毒ガスの発生です。この課題の解決策は文献12には示されていません。そこで、トヨタが出光興産とSSB開発の協業を発表した時の資料から、これらの課題を克服する対策を読み解きます14)

 この協業の発表によってトヨタのSSBのSEは硫化物であることが明らかになりました。これまで出光興産が研究してきた石油精製の過程で生成する硫黄成分をSEの材料とすることの一定の成果が出たことを意味しています。

 そして、この会見では「出光興産が柔軟性と密着性が高く、割れにくいSEを開発し、両社の材料技術を融合させることで、高い性能を発揮する材料を開発できた」ことを公表しています。

 さらに、出光興産の技術は水に強い(耐水性)ことが協調されています15)。これは詳細は不明ですが、硫化物SEの重要な課題である空気中の水分と反応してH2Sなどが発生する現象を克服できることを意味しています。

 トヨタの会見では、硫化物SEの課題である耐久性と有毒ガス発生の懸念を抑える技術のめどが立ち、今後は量産化の課題を解決するためのタスクフォースを立ち上げることがアナウンスされました。SSBを搭載した乗用車の量産化も近いものと考えられます。

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おわりに

 本報告を取りまとめる過程で、いかにSSBの開発における課題が多いかが明らかになりました。電池を構成するSE、正極、負極の選択肢が多いことに加えて、その組み合わせによる弊害が明らかになり、性能向上とのトレードオフが生じています。

 開発者はその弊害を取り除くために多くの時間を要していることが想像されました。現在、多くの企業と研究機関がこの電池の開発に取り組んでおり、現在も開発中です。そのため公式に発表された資料が少ないため、確かな情報を示すことができませんでした。

 本報告では、最近SSBの総括的なサーベイが公表されたことや、トヨタが公表した出光興産との協業に関する資料から、SSB開発の現状と有望と考えられる構成案を取りまとめました。ただし、その選択肢や課題解決策が多数考えられることから、ここで示したものは1つの代替案と認識したほうが良いでしょう。

 まず、充電時間を短縮するための対策として、イオン伝導率が最も高い硫化物SEを使用することが第一に考えられました。そして、航続距離を増加させるための容量拡大のために、金属リチウム(またはシリコン化合物)を負極に使うことが絶対条件と思われます。しかし、LMAは硫化物SEとの相性は悪いことが想定されました。

 さらに、正極には高容量を誇るこれまでのLIBの主流であるNMC、NCAなどが使用されることが想定されますが、高電位の場合は硫化物SEと有害な不可逆反応を引き起こすことから、対応が必要となります。

 そこで、正極側と負極側に異なるSEを設置する方法が考えられました。すなわち、LMAとの適合性を解消するために酸化物SEをLMAに隣接させてセパレータとします。さらに正極側では電解質を硫化物SEとしつつ、正極材との適合性のために正極をコーティングします。

 そして、硫化物SEの最も大きな課題である水分との反応によるH2Sの発生対策については、出光興産が長年研究してきたSSB用の電解質としての耐水性のある硫化物SEを採用することで対応できると想定されました。

 なお、SSBの価格についても、トヨタの社長が現在のEV用LIBの価格設定と同様のレベルを目指すと発言しています。トヨタグループは今後量産化に向けた体制の整備を行っていくとしていますので、SSBを搭載したBEVの登場も近いと期待して良いと思います。

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<参考文献>
1)Bloomberg 日本語版:ニュース、米国でEV販売の伸びにブレーキ、昨年10-12月はわずか1.3%増、2024年1月11日
2)Bloomberg 日本語版:ニュース、中国EV市場、24年も減速見通し-景気低迷と競争激化がメーカー圧迫、2024年1月9日
3)Bloomberg 日本語版:ニュース、欧州の新車販売、昨年12月は1年5カ月ぶり減少-ドイツでEV売れず、2024年1月18日
4)吉野彰:電池が起こすエネルギー革命、科学と人間、NHK出版、2017年
5)電池の情報サイト: https://kenkou888.com/
6)TOYOTA: 公式Webサイト、bZ4Xの性能仕様、2024年1月25日閲覧
7)Tesla: 公式Webサイト、Model Sの性能仕様、2024年1月25日閲覧
8)Shuai Maa, Modi Jianga, Peng Taoa, Chengyi Songa, Jianbo Wua, Jun Wangb, Tao Denga, Wen Shanga: Temperature effect and thermal impact in lithium-ion batteries: A review, Progress in Natural Science: Materials International, No. 28, 2018, 653-666
9)European Commission: Determining the environmental impacts of conventional and alternatively fuelled vehicles through LCA, 2020. 7.13
10)製品評価技術基盤機構(NITE):公式Webサイト、リチウムイオン電池搭載製品の発火事故事例、2024年1月31日閲覧
11)日産自動車:公式Webサイト、電気自動車日産リーフ、安全性能、2024年1月31日閲覧
12)Thomas Schmaltz, Felix Hartmann, Tim Wicke, Lukas Weymann, Christoph Neef, and Jürgen Janek: A Roadmap for Solid-State Batteries, Advanced Energy Materials, Wiley-VCH GmbH, 2023
13)高田和典編著、菅野了次、鈴木耕太:全固体電池、日刊工業新聞社、2019年
14)トヨタ:公式Webサイト、出光とトヨタ、バッテリーEV用全固体電池の量産実現に向けた協業を開始、2023年10月12日
15)トヨタイムズ:全固体量産へ出光・トヨタがタッグ、「実現力」で狙う世界標準、2023年10月13日