今回は前回に続いて比較的狭い空間でのエアコンによる暖房時の熱収支の計算結果を示します。建築関係の方以外にはあまりなじみがない室内空間での熱のやり取りを扱います。温度の時間変化を計測した室内における熱収支を把握したうえで、熱損失の状況を把握します(その熱損失に基づく対策については次回以降で検討します)。なお、温度、湿度の計測結果については「エアコン(6)-暖房時の環境質管理」に示していますので参照ください。熱収支の計算はやや難しい現象を扱いますので、なるべく分かりやすく説明するつもりですが、理解しにくい場合は参考文献をご確認ください。
室内空間における熱収支の基礎式
室内空気の熱収支と室温の変化に関する基礎式を下に示します1)。この式は「室内での熱の蓄積量(左辺)は室内への熱の流入、流出量の和(右辺)に等しい」ことを意味します。
N
Ma・dθr/dt= ∑ Ajαc,j(θs,j-θr)+Hc+caρaQvent(θo-θr)+HEs (1)
j=1
ここで
Ma:室内空気の熱容量(J/K)
θr:室温(℃)
θs,j:室内表面温度(℃)
θo:外気温度(℃)
Aj:室内表面積(m2)
Hc:室内発熱(W)
HEs:エアコンの暖房熱量(W)
Qvent:換気量・すき間風量(m3/s)
ca:空気の比熱(J/(kg・K))
αⅽ,j:室内表面の対流熱伝達率(W/(m2・K))
ρa:空気の密度(kg/m3)
t:時間(s)
N:室内部位数(表面の数)
添え字j:室内表面(壁、窓、床等の表面)
この式の左辺はdt時間に室温がdθrだけ変化した時に室内空気に蓄積される熱量を表しています。Maは室内空気の熱容量ですが、室内の家具や書類などの熱容量を含める場合もあります。なお、熱容量とは「物質を1℃だけ変化させるのに必要な熱量」をいいます。
なお、家具の熱容量を含める場合の左辺は以下となります。下式におけるMfは家具の熱容量、dθfは家具の温度変化です。
家具の熱容量を考慮した(1)式の左辺=Ma・dθr/dt+Mf・dθf/dt
次に、(1)式の右辺第1項は、壁、床、天井、窓などの室内表面から室内空気への対流熱伝達による熱流です。プラスは室内への熱の流入、マイナスは室外への流出です。窓を通過して室内に入った透過日射による熱は床や壁に吸収されますが室内空気を直接加熱することはなく、その床等に吸収された熱が対流によって室内空気に伝達されることになります。
右辺第2項は照明や室内で使用される家電機器及び人体からの発熱です。人体からは対流、放射などにより熱が放出されており、その放熱量は室内での活動量により異なります。家電機器による放熱も室内の発熱になります。
右辺第3項は換気及びすき間風による熱量であり、暖房時は外気温が室温より低いためマイナスの熱量(冷却)となります。さらにHEsはエアコンによる加熱(暖房による熱量)を示しています。
これらの基礎理論の詳細な説明については、参考文献「建築環境工学-熱環境と空気環境(改訂版)」をご確認ください。
熱収支の計算過程
(1)分析対象とする部屋の諸元
今回対象とする部屋の諸元は下図に示す通りです。前回の報告(「エアコン(6)-暖房時の環境質管理」)に示した通り、長辺3.89m×短辺2.5m×高さ2.48mであり、広さは9.725m2で、容積は24.118m3となります。長辺方向は東側、西側に面しており、東側は外気に面していて窓(2.0m×1.1m)があります。南側は宅外廊下、西側、北側は宅内の他の部屋に面しています。西壁に物入れの扉、北壁に出入りする扉があります。家具は下図のように机及び本棚などが配置されています。エアコンは東壁南側の上部に設置されています。
また前回の報告で室温(θr)、外気温(θo)、表面温度(θs,j)を9時から12時まで10分ごとに測定しています。表面温度は壁、窓、床ごとに上中下、南北など複数の測定点で測定していますが、(1)式における表面温度にはそれらの平均値を用いています。温度の10分ごとの測定結果を下図に示します。
(2)室内空気の熱容量(Ma)
まず、(1)式における左辺にある室内空気の熱容量(Ma)を算定します。熱容量とは「物質を1℃だけ変化させるのに必要な熱量」です。水蒸気を含む室内空気の熱容量は、以下のように計算することができます(水蒸気を含む空気の特性については参考文献2「空気調和設備計画設計の実務の知識」に詳しく解説されています)。
Ma=cp・ρa・Vr (2)
ここで
ca:空気の比熱(定圧比熱)(kJ/(kg・K))
ρa:空気の密度(kg/m3)
Vr:空気(部屋)の容積(m3)
空気の比熱については、一般的に空気中には空気(乾き空気)に加えて水蒸気が含まれており、その比熱も考慮しなければなりません(下式の単位のkg(DA)は乾き空気の質量を示します)。
ca=cda+cw・x (3)
ここで、
cda:乾き空気の比熱(kJ/(kg(DA)・K))=1.006 (参考文献2より)
cw:水蒸気の比熱(kJ/(kg・K))=1.86 (参考文献2より)
x:絶対湿度(kg/kg(DA))
水蒸気を含む空気の熱力学的な特性を説明するためには多くのスペースを必要とするため、理論の説明はここでは省略し算定手順のみを示します。以下の□内に示す計算手順により絶対湿度(x)を求め、(3)式により空気の比熱(ca )を算定します。そして、□内に示す手順で空気の密度( ρa )を求め、(2)式により室内空気の熱容量 (Ma )を算定します。
一例として、9時における温度(16.6℃)、相対湿度(58%)、1気圧のもとでパラメータ(空気の比熱、密度)を算定し、空気の熱容量を算定した手順は以下の通りです。 <温度16.6℃、1気圧101.325kPa、湿度58%の空気の密度(ρa)の計算> 空気の密度(ρa)は、気圧と温度、湿度によって決まりますので、理科年表に示された数値から補完して算定します。 理科年表(2022年版、p397)により以下を把握します3)。 (1)温度15℃、気圧101kPa、湿度0%の密度:1.222kg/m3 (2)温度15℃、気圧102kPa、湿度0%の密度:1.234kg/m3 (3)温度20℃、気圧101kPa、湿度0%の密度:1.201kg/m3 (4)温度20℃、気圧102kPa、湿度0%の密度:1.212kg/m3 これらを補完することにより、 温度16.6℃、気圧101.325kPa(1気圧)の密度(ρa):1.2191kg/m3 上の計算は、エクセルの線形補完関数「FORECAST.LINEAR」を用いると計算が比較的簡単にできます。 そして、湿度の補正を以下のように行います。温度16.6度、湿度58%の補正量は、理科年表より温度15℃、湿度60%の補正量(-0.005)を用いて =1.2191×(1-0.005)=1.2130 kg/m3 <温度16.6℃、1気圧、湿度58%の絶対湿度の計算> 相対湿度の定義より、絶対湿度は飽和空気の絶対湿度と相対湿度から計算できます。なお、飽和空気とは相対湿度100%の水蒸気を含む空気です。 T℃の相対湿度=T℃の絶対湿度/T℃の飽和空気の絶対湿度 ゆえに、 T℃の絶対湿度(x)=T℃の飽和空気の絶対湿度×T℃の相対湿度 温度16.6℃、1気圧の飽和空気の絶対湿度を「建築環境工学―熱環境と空気環境、p167」より把握します。なお絶対湿度とは「1kgの乾き空気に含まれる水蒸気の質量」を指し、下式の(DA)の意味は乾き空気を意味します。 16.6℃の飽和空気の絶対湿度=0.011818kg/kg(DA) T=16.6℃、相対湿度58%の絶対湿度(x)は、 16.6℃絶対湿度(x)=0.011818 kg/kg(DA)×58(%)/100=0.006854 kg/kg(DA) <温度16.6℃、1気圧、相対湿度58%の空気の比熱(cp)計算> これまで計算された絶対湿度を用いると、(3)式より以下となります。 相対湿度58%の時の空気の比熱(cp)=1.006+1.86×0.006854=1.01875kJ/kg・K <室内空気の熱容量の計算> 以上から、この部屋の空気の熱容量は以下の通り計算されます。 Ma=cp・ρa・Vr =1.01875×1.2130×24.118=29.804 kJ/K この手順に従って、すべての時間(9時から12時までの3時間)の熱容量を算定しました。 |
(3)室内家具の熱容量(Mf)
参考文献1では、室内空気の熱容量に加えて室内にある家具の熱容量も考慮することがあると記載されています。そのため、ここでは、主要な家具の熱容量を算出します。下表に、家具の質量と比熱から計算した熱容量を示します。
表-1 室内家具の熱容量
No | 家具名 | 質量(kg) | 比熱(J/g・K) | 熱容量(J/K) | 熱容量(J/K) |
---|---|---|---|---|---|
Group1 | 机1 | 24.2 | 1.3 | 31.46 | 38.54 |
キャビネット1 | 5.4 | 1.3 | 7.08 | ||
Group2 | 机2 | 8.1 | 1.3 | 10.48 | 73.25 |
キャビネット2 | 6.8 | 1.3 | 8.83 | ||
本棚 | 41.5 | 1.3 | 53.94 |
(4)室内表面から室内空気への対流熱伝達による熱流量
室内表面(壁、窓、床)から室内空気への熱流を算定すると以下の通りです。ここでは、室内表面の対流熱伝達率を4.5、床に関しては2.0としています。これは暖房時においては床面での熱伝達が抑制されるためです1)。なお、天井においても対流熱伝達が行われるはずですが、天井面の温度測定が難しかったため、ここでは考慮していません。
室内表面から室内空気への熱流量=Ajαc,j(θs,j-θr)
例えば、東壁の9時から9時10分までの10分間の熱流量は以下の通り算定されます。
=5.61×4.5×(15.45-16.6)=-29.03 W(J/s) =-17.42(kJ/10分)
表-2 9時から9時10分までの室内表面から室内空気への熱流量
表面積Aj (m2) | 表面対流熱伝達率αc,j (W/m2・K) | 表面温度 θs,j(℃) | 室温θr (℃) | 温度差 θs,j-θr(℃) | 熱流量 (W) | 10分間熱流量 (kJ) |
|
---|---|---|---|---|---|---|---|
東壁 | 5.61 | 4.5 | 15.45 | 16.6 | -1.15 | -29.03 | -17.42 |
窓 注) | 2.20 | 4.5 | 12.25 | 16.6 | -4.35 | -43.07 | -25.84 |
南壁 | 5.00 | 4.5 | 16.13 | 16.6 | -0.47 | -10.58 | -6.35 |
西壁 | 9.65 | 4.5 | 17.45 | 16.6 | 0.85 | 36.91 | 22.15 |
北壁 | 4.63 | 4.5 | 17.53 | 16.6 | 0.93 | 19.38 | 11.63 |
床 | 8.60 | 2.0 | 15.85 | 16.6 | -0.75 | -12.90 | -7.74 |
合計 | 35.69 | - | - | - | -39.29 | -23.57 |
(5)室内発熱(Hc)
(1)式の 右辺第2項の室内発熱(Hc)とは人体、電気機器等から室内に放出される熱のことです。下表に試算した結果を示します。人体の発熱量は文献から軽作業を行っている場合の発熱量を用いています1)。家電機器の発熱量は、定格電力(照明)及び実測電力量(加湿器、サーキュレータ)を用いて、その20%が放熱されると仮定して算定しています。
表-3 室内発熱量の計算結果
定格電力(W) | 消費電力(W) | 発熱量(W) | 10分間発熱量(kJ) | |
---|---|---|---|---|
人体 | 90.0 | 54.0 | ||
照明 | 36 | 36 | 7.2 | 4.3 |
加湿器 | 168 | 165 | 33.0 | 19.8 |
サーキュレータ | 10 | 6 | 1.2 | 0.7 |
合計 | 131.4 | 78.8 |
(6)換気、すき間風による熱損失
本実験中は換気をしていません。また、すき間風もほとんど無視できると考えられるため、換気、すき間風による熱損失((1)式の右辺第3項)は無視します。
(7)エアコンによる暖房(HEs)
前回の報告 (「エアコン(6)-暖房時の環境質管理」) で測定したエアコンによる10分間ごとの暖房の熱量( (1)式の 右辺第4項)は下図の通りです。
熱収支の計算結果
これまでの計算結果をとりまとめます。まず、室内空気のみの熱容量を考慮した場合の熱収支式の左辺と右辺の計算結果を図示すると下図となります。この結果を見ると、左辺の数値が9時から10時までと11時30分(エアコンOFF)以降で差異が大きくなっています。一方、10時30分から11時30分までは温度変化がないため左辺は0であり、また右辺も熱の流入、流出がバランスしているため0となっています。
そのため、家具の熱容量を考慮した熱収支の結果を示すと下図となります。これを見るとエアコンON直後はまだ差異はありますが、かなり改善されてきていることが分かります。やはり、エアコンの熱量が家具を温めているため、空気温度の上昇が遅くなっていることがわかります。
家具の熱容量を考慮することによって、10時10分や11時30分以降の熱損失が超過している状況が良く再現されています。また、温度変化がない定常状態(熱収支がバランスしている状態)でも概ね右辺と左辺の値は近い値となっています。
今回の計算で整合しなかった非定常の時間帯については、室内の建材による熱容量の影響があると考えられ、これらを考慮すればより現実に近づける可能性があります。しかし、本検討では非定常の状態の検討をさらに深めることはせず、定常状態の熱収支に着目します。
熱収支がバランス(すなわち定常状態)している時間帯(10時30分~11時30分)の熱量の内訳をみると下図の通りです。この時間帯は室内への流入熱と流出熱はどちらも180~190(kJ/10分)となっています。流入熱はエアコンの暖房によるものと室内発熱(人体、電気機器の発熱)によるものであり、流出熱は壁や窓などの表面から部屋の外に失われる熱です。熱流をコントロール可能なエアコンがこの定常状態を作っているということができます。
室内での流入熱、流出熱の状況を模式的に示したものが下図です。ここでは、10時30分から11時30分までの1時間の熱量をワット(W=J/s)で表しています。流入熱のうちエアコンの熱量は173W(流入熱の約6割)、室内発熱が133W(同4割)となっています。流出熱のうち窓、東壁からの熱量は135W(流出熱の約5割)、床からの熱量は67W(同約2割)で全流出熱量の7割を占めます。やはり、東側の壁と窓からの熱損失が大きいことが分かります。なお、東壁の面積当たりの熱損失は16.2W/m2です。この数値は次回の熱貫流率の検討において比較対象となります。
本検討によって、この室内における熱収支を大まかに把握することができました。暖房に用いるエネルギーを低減するためには、熱損失の大きなところでの対策が重要と考えられます。次回は、壁や窓における熱損失の特性を把握して、対策検討につなげる予定です。
まとめ
今回は、前回の報告で測定した室温、室内表面温度を用いて、室内の熱収支を把握しました。熱収支は建築環境工学の理論に基づいて計算しました。理論式を簡単に表現すると、「室内の熱の蓄積量(理論式の左辺)は熱の流入(+)と流出(-)の和(理論式の右辺)に等しい」ということです。熱の蓄積量は「室内空気及び室内にある家具の熱容量と温度変化の積」で表されます。
室内空気の熱容量は、室内空気中の水蒸気も考慮して、測定された湿度(相対湿度)を用いて空気の比熱と密度を算定し、それに体積を乗じて算定されます。室内にある家具の熱容量は同様にその物質の比熱、密度、体積を乗じて算定されました。
室内での熱の流入はエアコンの暖房と室内発熱(人体と電気機器)であり、熱の流出は壁や窓、床からの熱損失です。これらの熱の流出入を用いて室内の熱収支を算定しました。
この結果、室内空気だけの熱容量を算定した場合では、理論式の左辺と右辺は特に熱流の非定常状態のときに大きな差異がありました。そのため、室内の家具の熱容量も考慮すると、理論式の左辺と右辺の差異は大きく改善されました。エアコンの稼働初期はエアコンの暖房が家具等を温めるのに使われ、室温が上がりにくいことが分かりました。
エアコンの稼働1時間半後からの1時間では室温が一定の状態が続いています。そのため、理論式の左辺(熱の蓄積量)は0であり、右辺の熱の流入と流出はバランスしています。この定常状態における熱の構成は、流入熱のうちエアコンの熱量は173W(流入熱の約6割)、室内発熱が133W(同4割)でした。
また、流出熱のうち窓、東壁からの熱量は135W(流出熱の約5割)、床からの熱量は67W(同約2割)で全流出熱量の7割を占めます。やはり、東側の壁と窓からの熱損失が大きいことが分かります。省エネルギーの対策としてこの熱損失の大きい外気に面した東壁と窓の断熱対策が重要であることが再確認されました。
今回の検討で、室内の暖房において省エネのために重要なことは建材の断熱であることが分かりました。次回以降で、断熱対策と湿度対策について検討していきます。
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<参考文献>
1) 宇田川光弘、他:建築環境工学-熱環境と空気環境(改訂版)、朝倉書店、2020.
2) 空気調和・衛生工学会:空気調和設備計画設計の実務の知識、オーム社、2017.
3) 国立天文台編:理科年表、丸善出版、2022年版