Categories
熱負荷

エアコン(8)-暖房時の室内熱収支の修正

暖房時の室内熱収支計算の改善事項

 今回も引き続きエアコンによる暖房時の室内熱収支の検討について報告します。前回報告したエアコンの暖房時の熱収支について、いくつかの改善を行って再度計算をしました(前回の報告「エアコン(7)-暖房時の室内の熱収支」を参照ください)。

 前回の報告を読んでお気づきの方も多いと思いますが、熱収支の計算においてエアコンから供給される熱量は消費電力量を熱量換算しただけの値を使用していました。しかし、エアコンはその原理から使用したエネルギー量(電力消費量)以上の熱量を供給することができるはずです。従って、それを考慮するというのが本検討の主要な改善事項です。

 参考文献1、2に示されたエアコンの実際の供給熱量の測定方法は、エアコンの吹き出し口からの温風の温度と風量を計測するというものです。これは、家庭にある測定機器だけでは測定は難しいため、正確な測定値を得ることができません。一方、エアコンのスペック値であるCOP(成績係数:供給された熱量を消費電力量で除したもの)は、外気温や設定温度、室内の熱負荷などにより異なる値をとるため、単純に消費電力量にスペックのCOP値を乗じて供給熱量を得ることはできません。

 本測定で使用していたエアコンはAPF(COPと類似していますが同一ではありません)が6.9という高性能のエアコンであり、このエネルギー消費効率を使うととてもエネルギー収支が取れないように思われます(エアコンのエネルギー消費効率については、「エアコン(1)-省エネ性能」で説明していますので参考にしてください)。スペック上のエネルギー消費効率ではなく、実際の稼働時のCOPを設定する必要があります。

 さらに、これに伴いエネルギー収支をとるため、壁や窓、床などの表面の熱伝達率を見直す必要があります。前回の報告では対流熱伝達率だけを考慮していましたが、実際には他の要因も考慮する必要があるようです。そのため再度文献を見直して設定しました。

 さらに、前回の報告で考慮していなかった天井からの熱損失も考慮することとしました。実際には天井の表面温度を測定していないのですが、壁の最上部の温度を用いて天井の温度を代用するという方法で計算を行いました。
 従って、本検討での熱収支計算の改善事項は以下の項目です。

 (1) エアコンのエネルギー消費効率の考慮
 (2) 室内表面の熱伝達率の見直し
 (3) 前回考慮していなかった天井の熱損失の考慮

エアコンのエネルギー消費効率(COP)の設定

 本測定で使用したエアコンの仕様を以下に示します。APF(通年エネルギー消費効率)は6.9ですが、これは冷房、暖房の消費電力を1年間を通して評価したものです。そのため、暖房時のエネルギー消費効率(COP)を設定する必要があります。

 下表には、エアコンの能力と消費電力、さらに( )内に変動値が示されています。能力と消費電力は同一の単位Wで表されていますが、やや異なる特性のものです。メーカーのカタログによると「能力」は供給できる「熱量W」のことであり、「消費電力」は定格の「電力W」を表します。「W(ワット)」はエネルギーを表す「J(ジュール)」を時間単位「s」で除したものです。熱量も電力もエネルギー量「J」で表され、その割り算である値がエネルギー消費効率(COP)なのです。下表のスペック値から、暖房時のCOPは以下のように5.88と計算されます。

 エネルギー消費効率(COP)=能力/消費電力=2,500/425=5.88

 このスペック値は2,500Wという最大の熱供給時(熱負荷)における効率と考えることができます。

表-1 エアコン(富士通ゼネラルAS-Z22K)の仕様

数 値範 囲
冷 房能 力(W)2,200600~3,400
消費電力(W)390130~880
運転電流(A)5.2
暖 房能 力(W)2,500600~5,500
消費電力(W)425110~1,500
運転電流(A)5.2(15.0)
通年エネルギー消費効率(APF)6.9

 本測定においての全消費電力量は741Wh(2時間半の使用)です。このことから平均消費電力量は296Wになります。そして定常時における消費電力は前回の報告に示した通り、173Wです(「エアコン(7)-暖房時の室内の熱収支」を参照ください)。定常時の消費電力量は定格の消費電力(425W)に比して約40%(負荷率40%)という値となっています。

 エアコンの実稼動時におけるCOPを測定、研究した参考文献1、2によると、定格消費電力に対する負荷率が4割程度の場合、COPは3~4程度の値となっています(文献の測定に用いたエアコンは暖房能力2.5KWであり、本報告と同じ規模のエアコンを使用しています)。これは実験室でのデータであるため実機ではより少ない値となると想定し、ここでは下限値のCOP3.0を用いて計算することとします。すなわち、消費電力の3倍の暖房熱量が生じると仮定します。

室内の表面熱伝達率の見直し

 前回の報告では熱伝達率は対流熱伝達のみを考慮して設定していました。下表に示すように、室内表面の熱伝達は対流熱伝達に加えて放射熱伝達もあるため、これらを加えた総合熱伝達率を用いることが必要なようです3)。そこで、総合熱伝達率として壁、窓については8.0W/(m2・K)、床は4.0W/(m2・K)、天井は6.0W/(m2・K)を用いることとします。

表-2 文献による総合熱伝達率

水平熱流、壁、窓など熱流上向、暖房時の天井熱流下向、暖房時の床
対流熱伝達率
W/(m 2・K)
3.54~51
放射熱伝達率
W/(m 2・K)
5~65~65~6
総合熱伝達率 注1)
W/(m 2・K)
8~9.59~116~7
総合熱伝達率 注2)
W/(m 2・K)
8106
原典注1)ISO6946:Building components and building elements – Thermal resistance and thermal transmittance – Calculation method 2017.
原典注2)JISA2101:建築構成要素及び建築部位-熱抵抗及び熱貫流率-計算方法、2003.
出所)宇田川光弘、他:建築環境工学-熱環境と空気環境(改訂版)、朝倉書店、2020.

天井への熱流(熱損失)の考慮

 次に、天井への熱流量を考慮するために、天井の表面温度を以下のように算定しました。

 天井の表面温度=東壁(南側、北側)、南壁、西壁(南側、北側)、北壁の上部表面温度の平均値

 この平均温度の推移を下図に示します。天井の表面温度は実際に測定していないため、この設定は大きな誤差が出る可能性がありますが、試算値として採用します。下表に一例として9時から9時10分の天井の熱伝達を追加した熱流量の計算結果を示します。

表-3 9時から9時10分までの室内表面から室内空気への熱流量

表面積Aj熱伝達率αc,j表面温度θs,j室温θr温度差θs,j-θr熱流量
(m2)(W/m2・K)(℃)(℃)(℃)(kJ/10分)
東壁5.61815.4516.6-1.15-31.0
窓 注)2.20812.2516.6-4.35-36.7
南壁5.00816.1316.6-0.47-11.2
西壁9.65817.4516.60.8539.4
北壁4.63817.5316.60.9320.6
8.60415.8516.6-0.75-15.5
天井9.73617.9016.61.3045.5
合計45.4211.1
注)窓はカーテン効果を考慮して熱流量の8割としています。

熱収支の計算結果

 熱収支の基礎式を再掲しておきます。
            N
Ma・dθr/dtMff/dtjαc,j(θs,jθr)+HccaρaQvent(θo-θr)+HE (1)
           j=1
 ここで
 Ma:室内空気の熱容量(J/K)
 Mf:家具の熱容量(J/K)
 θr:室温(℃)
 θs,j:室内表面温度(℃)
 θo:外気温度(℃)
 θf:家具の温度(℃)
 Aj:室内表面積(m2
 Hc:室内発熱(W)
 HE:エアコンの暖房負荷(W)
 Qvent:換気量・すき間風量(m3/s)
 ca:空気の比熱(J/(kg・K))
 αⅽ,j:室内表面の対流熱伝達率(W/m2・K)
 ρ:空気の密度(m3/kg)
 :時間(s)
 N:室内部位数(表面の数)
 添え字:室内表面

 この式の左辺はdt時間に室温及び家具の温度がrおよびfだけ変化した時に室内に蓄積される熱量を表しています。右辺は熱の流入と流出の和(熱収支)を表しています。右辺第1項は室内表面と室内空気との熱伝達、第2項は室内の発熱(人体、電気機器の放熱)、第3項は換気やすき間風による熱損失、第4項はエアコンによる暖房による熱流量です。詳細は前回の報告(「エアコン(7)-暖房時の室内の熱収支」)を参照ください。

 これまで検討した改善事項を考慮して算定した熱収支結果を下図に示します。下図では(1)式の左辺と右辺の値の推移を示しています。下図の通り、エアコンのON直後(9時~)とOFF後(11時30分~)の挙動はあまり適合しているとは言えませんが、これは建築材料の保温または冷却の効果を考慮していないためと思われます。この非定常の状況をシュミレートすることは非常に難しいと言えます。

 一方、10時30分から11時30分までの定常時(温度変化がない一定の状態)においては熱収支がバランスしている状況を良く反映できています。また、定常時の熱収支について流入熱、流出熱の内訳を下図に示します。

 この時間帯は室内への流入熱と流出熱はどちらも390~400(kJ/10分)程度となっています。流入熱はエアコンの暖房によるものと室内発熱(人体、電気機器の発熱)によるものであり、流出熱は壁や窓などの表面から部屋の外に失われる熱です。熱流をコントロール可能なエアコンがこの定常状態を作っているということができます(個別の熱量の詳細については前回報告をご確認ください)。

 室内での流入熱、流出熱の状況を模式的に示したものが下図です。ここでは、10時30分から11時30分までの1時間の平均熱量をワット(W=J/s)で表しています(上記のkJの値を600秒で除して1000倍して求めます)。流入熱のうちエアコンの熱量は520W(実際の消費電力量はその1/3の173Wです)で流入熱の8割を占めます。そして室内発熱が131Wで流入熱の2割となっています。

 流出熱のうち窓、東壁からの熱量は259W(流出熱の約4割)、床と天井からの熱量は223W(同約35%)です。やはり、東側の壁と窓からの熱損失が大きいことが分かります。これほど多くの熱損失があるため、エアコンの消費電力量を削減するには限界があり、やはり断熱対策を進めることが重要です。

注)エアコンの数字は供給熱量、( )内の数字は消費電力を示す。

 なお、今後の熱損失の確認のために外気に面した窓、東壁の熱流を面積当たりに換算した値を示しておきます。

    東壁の面積当たり熱損失=161/5.61=28.7W/m2
    窓の面積当たり熱損失=98/2.2/0.8=55.7W/m2

    (窓の熱損失はカーテン効果を考慮する前のものを計算)

まとめ

 本報告では、前回報告した暖房時の室内の熱収支について、いくつかの改善を行って再計算を行いました。その大きな改善点はエアコンのエネルギー消費効率を考慮することでした。それに伴い、室内表面の熱伝達率の見直しを行いました。

 稼動中のエアコンのエネルギー消費効率(COP)は、学術論文での研究対象となるくらい難しい問題です。外気温、室内の熱負荷、消費電力等により大きく変動するため、簡単に設定することができないからです。しかし、参考文献の実験結果を参考に消費電力量の定格値との比率(負荷率)をもとにCOP値を求めて設定しました。

 同様に、熱伝達率は対流熱伝達率に放射熱伝達率も考慮したものを用いました。さらに、前回は考慮していなかった天井の熱伝達も考慮するため、壁の最上部の平均表面温度を算定しました。

 これらの改善を行って再計算を行った結果、非定常時(エアコンのスイッチON、OFF後)の理論式の適合性(右辺と左辺の整合性)は悪くなりましたが、定常時(温度変化がない状態)は熱の流入出がバランスしている状態が良く再現されていました。修正計算においても、外気に面した東壁、窓の熱損失が大きく、この断熱対策が重要であるという結論は変わりません。

 本熱収支の試算は、簡易測定機器のみによる測定値を用いたものであり、文献等を参考にした各種の仮定条件の下での計算ですので、大きな誤差を含んでいるものと思われます。家庭でできる分析の限界を感じるものでもあり、テーマとしては極めてチャレンジングなものであったと思います。それでも、ある限られた条件での熱収支が概観できたと考えております。

 ここで得た試算値を確認するために、以降の報告では熱貫流率などの壁や窓の熱損失に関する理論の結果も用いて、本計算結果の妥当性を確認をしていきたいと思います。

<スポンサーサイト>

<参考文献>
1) 細井昭憲、澤地孝男、三浦尚志、安浪夕佳:実測に基づくルームエアコンディショナのCOP算出方法(ルームエアコンディショナの冷暖房COPおよびエネルギー消費量に関する研究、その2)、日本建築学会環境系論文集、第75巻、第654号、2010.
2) 細井昭憲、三浦尚志、澤地孝男、住吉大輔:実使用時のルームエアコンディショナのCOP評価(ルームエアコンディショナの冷暖房COPおよびエネルギー消費量に関する研究、その3)、日本建築学会環境系論文集、第77巻、第681号、2012.
3) 宇田川光弘、他:建築環境工学-熱環境と空気環境(改訂版)、朝倉書店、2020.